家を出た。
一人暮らしを始めたわけでも、嫁に行ったわけでもない。
私は実家から車で10分のコンビニの駐車場にいる。
ボロボロの軽自動車内。運転席の背もたれを最大限に倒した。
私は身長170センチ。意外と収まりがいいかも。
今年26歳。アラサー独身実家暮らし女。
ことの発端は父の一言だった。

出発直前に親友との約束をドタキャン。しょうがない、「コロナだから」

日曜日の朝、父が私の部屋にやってきた。
「神戸に行くのやめといてくれへんか」
コロナ感染を危惧してのお願いだった。
免疫の疾患を持つ父、もうすぐ90歳の祖父母。
父の言い分は納得だった。
親友との約束があった神戸行きをドタキャン。
出発の10分前。前日にネイルまでしていた。
でもしょうがない「コロナだから」部屋着に着替えて、何もなくなってしまった日曜日をほぼベッドの上で過ごした。
次の日、朝から両親がいない。
「ゴミを捨てに行ってきます」と、置き手紙。
なるほど。相変わらず仲の良い夫婦だ。昼ぐらいには帰ってくるか。
12時、そろそろ帰ってくるかな。ご飯待っとこうかな。
13時、そろそろかな。ご飯食べ損ねたなあ。
14時半、連絡もない。おかしい。
2人して事故に遭っていたらどうしよう。
何かあったのかもしれない。
不安になった私は電話をした。
何度も続くコール音。……出ない。
手が震える。わたしには突然大切な人を失った経験がある。手が震える。
「大丈夫?今どこにおる?」とLINEだけ入れた。
数分後、「2人で美術館に来ています。今、お昼ご飯を食べるところ」と母からの返信。

よかった。
まだ手は震えている。
安心と同時に、私の中でフツフツと、ぐるぐると、イライラでもないし、いい言葉が見つからない。何かが込み上げている。
でも何より無事でよかった。

「コロナだから」と、なんで私だけ。心で渦巻くアイツが止まらない

次の日。今日は家族でお出かけの日。
この夏の唯一の楽しみ。これがあったから神戸行きも我慢できた。何ヶ月も前からチケットの確保を終え、予定を調整し、年甲斐にもなくワクワクしていた。
しかし、テレビ画面の上部に「兵庫県コロナ感染者1000人越え」のニュース速報。
もう10分後には出発予定。
全員がその画面を見ていた。
「今日はやめとこうか」父から発せられた言葉。
「そうやなあ」と、同意する母。

しょうがない。「コロナだから」。
しょうがない。しょうがない。

でも両親は昨日遊びに行っていた。
車だから?近くだから?
でも、2人で美術館に行っていたじゃないか。
しかも私に黙って。こっそりと。
こんなに心配かけといて。なんで?なんで?
なんで私ばっかり奪われるの?

昨日から、いやここ数ヶ月ずっと私の中で渦巻いていたアイツが明らかに大きくなっている。もうどうしようもない。止まらない。
リビングの扉をあるだけの力を込めて叩きつけた。

久々にこんなに怒った。どうしてだろうと、家出した車内で考えた

そして、気がつけば持てるだけの荷物を持って車に飛び乗っていた。
どうやって鞄に詰めたのか、何を持って来たのか、記憶が全くない。
でもこの荷物の量。どうやら私は家に帰らないつもりらしい。いわゆる「家出」。文字通り「家を出た」わけで。

と言っても、こんな田舎で行くあてなんてない。
数時間程車を走らせ、ガソリンがあと1メモリしかない。近くのガソリンスタンドは閉店時間を過ぎている。そうしてコンビニの駐車場である。
切っていたケータイの電源を入れてみると、大量の両親からの着信とライン。

久々にこんなに怒った。感情が止まらなくなった。
どうしてだろう。

「コロナだから」
これは真っ当な理由だ。だけど、卑怯でもある。
こう言ってしまえば、全てを丸く収めないといけない。無理矢理に丸く。歪でも、とりあえず丸め込まないと。窮屈な箱に詰め込んで、蓋をしないといけない。
無敵だ。マリオカートの虹色の光を放つあの時のように。何もかもを寄せ付けない。そんな最強アイテムを簡単に使う両親に腹が立った。その言葉を使うなら覚悟を持って欲しかった。お互いのために、今は我慢するんじゃないのか。
なのに、両親は遊びに行っていたのだ。しかも私に黙って。そして、わたしは死ぬほど心配した。

きっと両親は心配している。私の手が震えるほど怖かったみたいに

そうか、だから私はこんなに腹が立っているのか。
家族が大切だから。大好きな家族だから。
失いたくない家族だから。

急に車内が狭く感じた。

きっと両親は心配している。
私の手が震えるほど怖かったみたいに。
ひとまずLINEを入れて、帰ることを伝える。さあ、帰ったら話し合わないと。
どうしてこんなことになったのか。
私は何に腹が立ったのか。
そして、2人が大切だということを。
一緒にコロナを乗り越えよう。戦おう。
もういい歳の26歳だから、しっかり言葉にできるはず。私にとってこの家出は無駄ではなかった。
この車内で自分と向き合って、考えられた。何が大切なのか気がつくことができた。

いい歳をした家出も悪くはないのかもしれない。ガソリンは常に満タンにしておかないといけないなあ。

次、家を出るときは嫁に行く時か、大喧嘩のどちらだろうか。