決まって平日の夕方、私は彼と会う。
アルコール度数の強いお酒を片手に、彼が迎えに来てくれた車の中で日が暮れるのを眺めながら他愛もない話をする――それが私の至福の時だった。

誠実が売りのごくごく一般的な彼との出会いは、暇つぶしだった

彼とは出会い系サイトで知り合った。
特定の相手を見つけたいとか誠実な恋愛をしたいとかそんな感情ではなく、ほんの出来心、いや悪く言えば暇つぶし目的で知り合った。
当時20代前半の私より8歳上の彼はとても落ち着いていて、眼鏡をかけた中肉中背のごくごく一般的な男性で、特段なにか秀でているものがあるのではなく誠実が売りの男性であった。

20代前半の、人生で一番輝いている年齢の私が、なぜ彼に魅かれたのだろうか。

彼は優しかったのだ、ただそれだけ。どんな愚痴を言ってもどんな泣き言を言っても怒っても笑っても、彼は私を温かく見つめながら眼鏡の先にある瞳をクシャっとさせて笑ってくれていた。
日頃誰にも言えない話を、誰も知らない彼に、誰も知らない空間で話すのがまるで秘密を共有しているかのようで私は心地よかった。夕焼けの鮮やかさとアルコールが相まって私の心は和らいでゆく……日々社会に揉まれた心の息抜きだった。

彼のプロポーズ報告に視界が白くなる私。本当は彼が好きだったんだ

そんな私と彼の奇妙な関係が長く続いている間に、私にもとうとう恋人が出来た。そのことを勿論彼にも報告することにした。しかし、恋人が出来たと報告した時に彼からも報告を受けることとなったのだ。

「彼女にプロポーズをした」

私の視界が一気に白くなった。脳には血が上り、体温が上昇しているのを感じる。
その時、気付いたのだ、本当は新しく出来た恋人ではなく目の前の彼が好きだったという事に。
目からどんどん涙が溢れているが、この関係を心地よく思い利用していたのは私だ。
恋人が出来たと報告をしているのにも関わらず、目の前の彼が好きだったなんて事実は口が裂けても言えない。
思いのままに言葉を発するのをなんとか我慢して、彼に「おめでとう!相手はどんな人?」と声をかけた。相手は彼と同年代のシングルマザーだった。

この瞬間から私は壊れ始めた。新しく出来た恋人には今まで通り接する事が出来ない。そして、脳裏には平日の夕方に会っていた彼の事が浮かぶ。
まだ20代前半、経験の浅い私にはどうすることも出来なかった。
恋人を思い続けることも、彼の婚約を祝うこともなにもかもキャパシティーオーバーで泣く事で精一杯。
そんな私を見ている恋人はどんどん私を疑い始める。他に誰かいるのではないかと。

彼にも、恋人にも、私にも、誰の心にも純粋な幸せはなかったと思う

案の定、彼の存在が恋人にばれた。私が恋人の家で入浴している際にスマートフォンを恋人が見てしまったのだ。
恋人とは勿論口論となり、スマートフォンから平日夕方に会っていた彼のアドレスを消して、二度と会わないという約束でこのままの関係を続けることとなった。
しかし、他の男性の影を見つけてしまった以上、恋人との関係が上手く良くことなどなかった。毎日何かあればスマートフォンをチェックされ、誰かと会う予定があれば逐一報告をしなければなく負の連鎖が進み恋人とも別れることとなった。

今思えば平日夕方に会っていた彼にも、新しく出来た恋人にも申し訳なかったと思う。
自分の恋心に気付けなかった私にも、お互い利用していた平日夕方の彼にも、私に恋心を寄せてくれた恋人も……誰の心にも純粋な幸せはなかったと思う。

今でも彼のことを思い出す。
なにかのボタンが掛け違っていたら結ばれていたのではないか……恋心に気付き、彼に彼女が出来る前に告白していたら上手くいったのではないか……そもそも出会わなければ良かった……。
そう思い出しては、彼のクシャっとした笑顔が脳裏に浮かぶ。平日の夕方、夕日を眺めるとどことなくやってくる彼の記憶を忘れてしまいたい思いと、懐かしく思う気持ちを抱き今日も私は生きている。