私には生まれつきの障害がある。
学習障害だ。簡単に言うと、出来る事と出来ない事がはっきりと分かれている障害。
その障害を、全面的に担ってくれている人物がいる。
私の中には、私が二人いる。

私を呼ぶ時、私は私と呼ぶ。しかしそれだと分かりにくいので、今回は障害の部分を担う私を「彼女」、障害が影響しない部分を「私」と呼ぶことにする。
そしてこれからの文章は障害が影響しない部分の「私」目線で書く。

いじめにあっていたのは私ではなく彼女。それは誰だか分からない

彼女は読書が好きだ。
図書館にも毎日通っていた。
知らない男の人や知らない若い人と関わることが嫌い。
夜更かしと白湯と柔らかい布団が好き。
聴覚が鋭い。
理不尽な事があると些細な幸せを大げさに表現して喜び、苦しみをかき消そうとする癖がある。

そして、とにかく繊細でめんどくさい。
信念は「人を愛する為に生まれてきた」。
私は人に優しく温かくいたいと思う。
それは彼女の感性が影響している。

小学3年生から卒業まで、いじめにあった。
私はその時心の声を担当していて、いじめを他人事みたいに彼女の中から見ていた。
その頃の記憶はあまりない。
ストレスを引き受けていた人物は、私ではなかったからだろう。
彼女に聞いても、あまり答えてくれない。

母が亡くなり、彼女を理解し受け入れてくれる存在を失ってしまった

中学1年の頃だ。何度も病院に通って、普通の学級から、障害を持つ子が過ごす学級へ移動になった。その頃は彼女の要素のみで生きていて、勉強したり人とコミュニケーションをとったりする事は出来なかった。母はそんな彼女を受け入れ理解し、全力でサポートしてくれた。

お陰でそれからは彼女は彼女のまま自由に過ごせた。なりふり構わず振舞っても許されたし、勉強が出来なくても叱られなかった。誰も彼女を攻撃しなかった。好きな物だけを身の回りに置いて、彼女はふにゃふにゃ笑っていた。
母のサポートは、常に彼女を肯定するものだった。ずっと彼女の手を引きてくれていた。

高校3年生の冬。
眩しすぎる光に照らされた。
深く眠っていた私は、知らない誰かの急かす声と重たい低音、嫌な匂いで目を覚ます。
それまで彼女が自由に過ごす事で安心していた私は、突然スポットが当たった事によって困惑しながも這いつくばり起き上がった。
何が起きたのかわからなかった。
ただ、彼女が自由に過ごせなくなっていた。
彼女を認める人がいなくなった。
その日、母が亡くなったからだ。

彼女が笑う事で安心し、成長することを放棄していた私は、突然彼女の手を引いて歩く使命を背負わされ無力に立ち尽くす。
彼女は何もできない。
私も、何もやってこなかった。
どうしよう、どうしよう。
どうすれば良いんだろう。

母がいなくなった世界は、何も出来ない彼女と、何もしていない私が二人ぼっちで残った。何とか彼女が思っていたように過ごさせてあげたい。彼女にまた笑ってほしい。そう願った。
そう願っていたのは私だけだった。

私が彼女を守るために出来るのは「普通」のふりをすることで…

18歳。大人のように振る舞える年齢。ある程度知識のある年齢。
求められたのは、それらだった。計算が出来なくても、ただの勉強不足な人間。
彼女の事を誰かに話すと否定された。
「あなたがそんな障害者に見えない」
励ましやフォローで言っているのだろう。

しかし、それによって彼女が自由に表に出れる世界はなくなってしまった。
新しく親になったのは、10年前に母と離婚した父。彼女は、父と相性が酷く悪かった。父は、彼女の存在を否定した。
これ以上彼女を傷つけたくない。
私が彼女を守るために出来た事は、健常者のふりをする事だった。

母が亡くなってしばらくは、彼女を守る事を第一に行動した。
彼女が壊れそうだったから専門学校を中退した。彼女が壊れそうだったから父の元を去った。彼女が泣き止まない夜はそっと優しい音楽をかけた。彼女が異常に高揚して暴れている日はぐっと堪えて布団にくるまった。眠りたくないと脳内でピンぼけしたパレードを開催させる日は、明日も仕事だからと叱りつけた。彼女を守るために彼女の存在を隠した。下手に攻撃されて、彼女のみずみずしい感性を廃れさせたくなかった。
健常者としての振る舞い方も学んだ。
彼女を守りながら私は一人の人間として、自分を客観視できるしっかりした概念を身に付け成長した。

彼女は私を物事に集中させてくれない。
身体中を動き回り思考回路をデタラメな遊園地にしてしまう。気づけば全く関係のない事を考え込み、仕事や勉強に集中できない。
よって、複数の事を同時にやる事が出来ない。
傍から見たらただただボーッとしているだけだ。
「仕事の出来ない人間」だ。

私たちが本当の親友になれたとき…私は彼女を守ることにきめた

彼女と脳を共有している私は、彼女のコンデションによって時計が読めない。特に天気の悪い日が多い。昨日は少し読めたのにどうしてと問うても読めない。
数字に関しては私がどれだけ勉強しても彼女は理解しないだろう。
傍から見たら「学力の低い人間」だ。

健常者として振る舞ううちに、私が成長していく度に、彼女の存在を邪魔に思うようになった。
きちんと勉強したい。
きちんと仕事をしたい。
それなのにどうして邪魔をするの。
私には、貴方がいなければ出来ることがたくさんあったはずなのに。
普通の人みたいに生きたい。
彼女を無視してしまおう。
いつしか、私自身が彼女を軽視し否定していった。

しかし、無視をすればするほど仕事が出来なくなっていった。社会人としての任務が果たせず、社会的に孤立していった。思考回路は更に激しく飛び、彼女の存在さえ認識出来なくなって、私自身が低脳で出来損ないで人間失格なんだと思うようになった。彼女の存在を忘れた私は、なぜこんなに出来ないんだと自分自身を責めた。
彼女を無視した結果、彼女の影響で浮き出る欠陥をカバー出来なくなっていた。

家族を切り離した私は、経済的にも孤立していった。私はその時の最後の力を、彼女を守るために捨てた父と和解する事に使った。父は自分ではなく祖母と住むことを勧めた。それは私にとって有難く暖かい配慮だった。

23歳。彼女を再認識したことで、私の心は穏やかなものになった。職業訓練校に通いながら、彼女とゆっくり会話をする時間を大切にしている。
今日も彼女はふにゃふにゃ笑っている。
私達はやっと本当の親友になれた。