「普通になりたい」私の口癖である。
何年も毎日呪文のように唱え続けている。

私は私立大学を卒業した20代。中学では生徒会に所属し、高校は進学校に進み、大学ではロンドン留学も経験した。ここまで聞くときっと多くの人は「この子は普通」もしくは「優等生」と思うかもしれない。しかし、現在の私は結婚もせず子供もいない、ましてや仕事もしておらずいわゆる「ニート」「引きこもり」状態なのである。
数秒前までは「普通」「優等生」と思われていた私は、一瞬で「普通ではない」「怠けている」と思われるであろう。
人はたった数秒で「普通」から「普通ではない」と認識されてしまう事だってありえるのである。

私の家で受けていた「しつけ」は「虐待」とも言えた

私の家は父、母、弟の4人家族で父と弟には発達障害があり、母は発達障害のある家族と過ごすなかで心身が不安定になる「カサンドラ症候群」であった。

他の家と比べると少し複雑な家庭環境であったと思う。父は数えきれない程のルールを私たち家族に強制してきた。例えば食事、飲み物、冷暖房、外出、トイレ…全てにおいて許可を得なければならなかった。母は結婚前は明るい性格の持ち主だったと後に聞いたのだが、結婚してからというもの夫(私の父)のルールや協調性の欠落、子育てへの無関心などから1人思い悩むようになりカサンドラ症候群を発症した。

私と弟が産まれてから母は苦労したと思う。特に弟には発達障害があったが、中学生になるまで発達障害がある事を誰も知らなかったので、「空気が読めない子」「癇癪をあげる」「コミュニケーションが取れない」など多くの困った点が出てきても当時は母のしつけでどうにかなると思っていたのだと思う。

この「しつけ」の捉え方は難しく、私の家で受けていた「しつけ」は「虐待」とも言えた。毎日暴言、暴力に耐える日々が、私が物心つく前から二十歳を過ぎるまで続いた。

学生時代までは「普通」の生徒、人である事が出来たけれど

私は家庭内が少しでも穏やかに過ごせる事だけを願って、必至で勉学に励み学校行事も積極的に取り組んだ。いわゆる「優等生」のような子供になったのだ。

常に笑顔を絶やさず、天真爛漫であるように見せかけていたが、家に帰ると「しつけ」という名の「虐待」が待っていた。しかし幼かった私は虐待環境でさえ「普通」だと思っていた。そして成長するにつれて「この環境は普通ではない」と感じはじめ、しだいに私自身も精神的に参ってしまい精神疾患を患ってしまったのである。

学生時代までの私は自分が思う「普通」の生徒、人である事が出来た。しかし自分が病気になり、自分自身の感情や気持ちのコントロールが難しくなり生きている事さえ難しくなった。あまりの苦しさに自殺未遂を何度も繰り返し入退院の生活が始まった。

「普通になりたい」のに、「普通が何か」は答えられない

「あんなに自分は出来ていたのに今の自分は異常」
「普通ではない」
この苦しみから抜け出せず何年も苦しんだ。正直今も苦しんでいる。しかし、「普通とは何か」と問われてもハッキリとした答えを出す事も出来ない。ただ、みんなのように結婚していない、仕事をしてない、ニートである精神状態が安定していない…だから私は普通ではない。こんな曖昧な答えしか出す事が出来ないのである。

「普通になりたい」と毎日唱えているのに、「普通が何か」は答えられない矛盾が私の中にある。きっと今の自分自身を受け入れて「今の私も私、おかしくないよ」って言ってあげる事が出来れば、もう少し生きやすくなるのかもしれないと思う事もある。

「普通になりたい」
この私の唱える「普通」は私の理想論に過ぎないのかもしれないし「普通」の答えなど存在しないのかもしれない。「普通」の基準はそれぞれ違い、答えなどないだからこそ人間らしさというのがあるのかもしれない。