忘れられない味と言われて、たくさんの味を思い出した。
初めて食べた高級チョコ、姉と妹に内緒で親とレストランで食べたグラタン、約10年ぶりに立ち寄った香港で食べたエッグタルト、ニュージーランドで食べたステーキや味噌が入ったチョコアイス。

一度しか食べていない、色々な出来事があった上での食べ物や飲み物はたくさん思い出せるし、今、文字を打ちながらあれもこれも出てくる。

思い出を掘り起こしていた時、唐突に思い出した食べ物と出来事があった。今の私を構築する上で大事な出来事だ。思い出した瞬間、ふふっと笑えてくる。

幼稚園は嫌だとボイコットしようとした幼い私

私にとっての忘れられない味は、幼稚園で食べた1粒のイチゴだ。
記憶というのは同じ行動を繰り返すことで定着するのが一般的だが、強烈なインパクトを持つ出来事に直面すると1回だけでも完璧に思い出すことが出来るらしい。「フラッシュバルブ記憶」と呼ばれるものだが、幼稚園ボイコット未遂事件(たった今私が名付けた)は私のフラッシュバルブ記憶の1つだ。
トラウマではないのだけれど、泣きわめく自分を思い出して恥ずかしくなる。

今から約20年前のGW。当時幼稚園児だった私は駄々をこねていた。
母親曰く、私は幼稚園に行きたくないとごねることがほとんどなかった。父親は仕事が休みで家にいて、姉や妹も家にいる中、自分だけ幼稚園に行かなければならなかった。

当時、父は仕事が忙しく休日しか遊べなかった記憶がある。GWは父親と1日中遊べる数少ないチャンスだったのだ。それなのに幼稚園に行かなきゃいけないなんて。なんで私だけ幼稚園に行くんだ。駄々をこねていただけだったのがそのうち泣き出してしまい、登園する時間が迫ってきた。

母は当時を振り返るといつも「泣こうがわめこうが(幼稚園や保育園に)連れて行き、先生に任せて自分は仕事に行く」と言っていた。この日も同様で嫌だ嫌だと泣きわめきながら幼稚園に向かう道を歩いた。
この記憶が定かではないが、たしか脱走を試みたような気もする。記憶を掘り起こしても、ずっと泣いているか幼稚園に行きたくないと言っていた感じがする。今思い出すと本当に恥ずかしい。

一言で泣き止んだ私。あの時食べたイチゴの味は今でも忘れられない

母も出勤時間が迫っているのに、私はいっこうに泣き止む気配がないから相当困ってしまったと思う。その時、当時私がいたクラスの先生がやって来た。

「イチゴ食べる?」
この一言でさんざん泣きわめいていた私はパタッと泣き止み、「うん」と先生に付いて幼稚園の中に入っていった。母は今のうちにと急いで出勤し無事遅刻することもなかった。
私は幼稚園で育てられていたイチゴに釣られたのである。これが「幼稚園ボイコット未遂事件」の顛末だ。

家庭菜園のようなクオリティのイチゴだからスーパーで売っているイチゴの方が断然甘くて大きい。先生はちゃんと私にイチゴを一粒くれたが、小さくて物凄く酸っぱかった。
幼稚園児の手のひらにすっぽり収まるくらいの小さなイチゴの赤さと暖かな太陽の光は、今でもはっきり覚えている。

あの時イチゴをくれた先生に伝えたい。今も好きな果物はイチゴです

あれからずいぶん経ったがGWになると思い出すし、イチゴを見ると泣きわめく私を一発で泣き止ませた先生の手腕に驚く。
「幼稚園ボイコット未遂事件」の最大の功労者である先生とは、卒園して小学校1年生の夏くらいに偶然再会した。だが、ちょうど10年前に私は父の転勤で別の街に引っ越してしまったから、先生とは会っていないし連絡も取れていない。もう顔も声もほとんど忘れかけている先生はお元気だろうか。

はちぐち先生、お元気ですか?イチゴに釣られた園児だった私は来年、大学を卒業して社会人になります。今も好きな果物はもちろん、イチゴです。