私とSNSの距離感は、正直な所書くことがない。SNSで、嫌な思いをしてこなかった訳ではないが、それはSNSをやってきた人なら多少は経験している範囲のものである気がするからだ。
が、書くことがない所もなるべくしてこの距離感になっている気がするので、折角なので頑張って書いてみようと思う。

スマホデビューは早い方で、SNSと無関係というわけではなかった

私は、スマホデビューが早い方だった。父が、スマホが好きだったおかげか小学校高学年の頃にはスマホを与えて貰い、ニコニコ動画やゲームでよく遊んでいた。その頃は、現在の主流SNSと呼ぶべき4種の神器(LINE、Twitter、Instagram、TikTok)の中では、Twitterのみリリースしていた。そのTwitterも、今の様な影響力など持っていない、まだまだそんな時代だったのだ。
私とて、SNSと無関係というわけではなかった。当時やっていたゲームでは掲示板もあり、旅行の前の日の興奮で眠れない夜に遅くまでお喋りに付き合ってもらったり、ゲームの攻略掲示板でゲームと関係ない雑談をしたりしていた時期もあった。
何故離れたかといえば、そのゲームをやらなくなったからでしかない。SNSから離れるほどの嫌な事があったわけでもない。むしろ、はじめてSNS(掲示板)に触れたゲームは遊んでいる人の年齢層が全体的に高く人口も少なかったので、今どき想像するSNSとは少しだけ違う、見知ったメンツばかりの緩やかな楽しいSNSだった。

SNSをしない原因は、そこで話す理由もなく、突撃する話もないから

まぁ、カッコつけて書いているが実際は、SNSデビューに乗り遅れただけである。
大抵の人のSNSデビューと言えば、LINEというイメージがあるが(ただの偏見かも知れないが)私のLINEデビューは、スマホの歴からすればとても遅い。
だって、やる人が居なかったんだ。仕方ない。話なんて、学校で話せばいいのだ。
スマホデビューの早かった私にとって、スマホイコール SNSではない。SNSは、SNSでしかなかったのだ。だから、きっとSNSの波に乗り遅れたのだろう。
スマホは触る方だ、1日の殆どをスマホを触っていると言ってもいい(ちなみに、きちんとやるべきことはやっている)。だけど、それはゲームの周回が6割で残り3割が動画、そして1割がtwitterという感じだ。
SNSをしていない原因は、わざわざSNSで話す理由もなければ、SNSで相手に突撃するような話もないからでしかない。
知らない人にズカズカ話に行くことが出来ない私にとってSNSは、特に話すこともない様な距離と化してしまった。

SNSの距離を言い表すなら、親と子供、舞台役者と観客あたりが妥当

私とSNSの距離を言葉として言い表すなら、親と子供、舞台役者と観客あたりが妥当だと思っている。
必要なんかじゃないというくせに、いざなくなってしまえば悲しくなってしまう親と子供の関係の様な。
液晶画面の先程遠くではなく、されど登場人物程は近くなく、同じ空間に存在していても明確な線が存在している舞台役者と観客の様な。
顔は知らないが見知ったペンネームと話し方のメンツで集まった狭いコミュニティの緩やかなSNSを思い出しては、今の怒涛の如く流れていくSNSという劇に私は今日もハートの拍手を送るのだ。