母と喧嘩をした。
きっかけは私の言った「仕事をやめたい」である。

とりあえず帰る時間を遅くすることで、ささやかすぎる反抗を

母からすれば、給料のほぼ全額を遊びに使い、学生時代の借金すら返済できていない私が仕事を辞めるなんて「良い子じゃない」のだろう。

「お姉ちゃんみたいにならないでよ」が口癖の母が「お姉ちゃんはちゃんとしているのに」と言った時、何かが吹っ切れてしまった。
吹っ切れたのは良いものの、今までの人生で反抗という反抗をしてこなかった私は、どうして良いのかわからず、とりあえず帰る時間を遅くしていった。
ささやかすぎる反抗である。仕事の多い日は楽で良かった。
終電まで働いて、最寄り駅の一つ前からゆっくり歩いて帰れば、母も寝ていて会わなくて済む。

でも、定時に仕事が終わってしまうと困った。
図書館は22:00には閉まってしまうし、スーパーは24:00まで開いているが、毎日見るのは厳しい。
かなり前の駅で降りて8キロ近い道を徒歩で帰ったこともあるが、道中に面白そうな店があると物欲が湧いてしまうので、これも避けたい。
そもそも金がないことで退職を止められているのに、ここで散財してしまえば元も子もないのだ。

ヤンチャな男の子たちも、安くて長居できる場所を求めていたはず

そこで思いついたのが23:00まで開いているスタバだったが、フラペチーノや季節のラテは600円近くするものもザラで、とても貧乏人の私が毎日通える値段ではない。却下。

絞りに絞り出したのは24時間営業のファストフード店だった。飲み物は100円、Wi-Fiも使用できて、磐石の態勢ではないか。意気揚々と店に乗り込んだのも束の間、客席は地元のヤンキーでいっぱいだった。皆考えることは一緒、というわけだ。年下のちょっとヤンチャな男の子たちも、安くて長居できる場所を求めているに違いない。
とはいえ、私からすればとても長居できる空気ではない。それに何より怖い。今日たまたまいるだけなのかもしれないが、毎日いる可能性もある。「怖い」という印象が根付いてしまったので、ファストフード店も却下になった。

となると、もうこの辺で遅い時間までやっている店はない。公園でブランコに2時間も座っているのは気が狂ってしまうし、重たい仕事道具を背負って何時間も散歩するのは現実的ではない。

スタバに行ったものの、問題がただ一つ。私はコーヒーを飲めない

悩みに悩んだ私の目に飛び込んできたのは、先日却下したスタバだった。
「ドリップコーヒー ショートサイズ319円」
300円ちょっとで23:00まで居場所が手に入るなら安いのではないか?ただ一つ問題があるとすれば、私がコーヒーを飲めないことなのだが。
でも四の五の言っていられない。思い切って頼んだドリップコーヒーは、お子ちゃま舌の私には、炭で沸かした泥水でしかなくて、苦しみながら飲み干すことになった。
苦汁を飲む、というのは、もしやコーヒーから生まれた言葉なのではないかと思ってしまったほどである。

でも店内は綺麗で、もちろんヤンキーもいなくて、暖かくて、私が日記を書こうが仕事をしていようが誰にも関係なくて、居心地が良かった。

反抗してこなかったのは、ただ楽をして安心を享受したかったから

私が欲しかったのは安心だったのだ。
実家が好きだったのは、持ち家で、食事の心配がいらなくて、暖かいベッドがあって、癒してくれる犬がいて、生活の心配がなかったからだ。
反抗してこなかったのは、私が「良い子」だからじゃなくて、ただ楽をして安心を享受したかったからだ。
ヤンキーだらけのファストフード店じゃ満たされなかったのも、公園に何時間もいられなかったのも、安心感が欠けているからなのだろう。

そして今、実家も安心できない場所になってしまった。
何らかの契機があって、母と和解したとして、実家はまた安心できる場所になるのだろうか。それとも私も「お姉ちゃんみたいに」一人暮らしに逃げることになるのだろうか。
今はまだわからないが、とりあえずしばらくは、319円の苦汁を飲みながら考えようと思う。実家よりも安心できるのだから。