好きできらいな母に投げつける、オブラートに包んだ棘

母のことが好きで、だけど、きらいだ。
「嫌い」と書けないのが私の弱いところだと思う。
若くして私を産み、専業主婦となった母の世界はとても狭い。
たまに帰っても話題は同じようなものばかり。
だけどそれが母にとっての世界で、私がどうこう言う筋合いはないのだ。
それでもときどきうんざりしてしまう。
行き場のないもどかしさが棘(トゲ)となり、じわりと言葉や態度に表れる。
慎重に、棘が棘だと気づかれないように、私はそれをオブラートに包んで投げつける。
苦くないからね、だからちゃんと飲み込んでね。
そしてその度、私は私のことが嫌いになる。
高校生の頃、自身の母親を病気で亡くした母。
甘やかすことはあっても、甘えられる人はもういない。
だから実家に帰るたび、私は母が甘えられる存在になろうと努める。
そのくせ甘えられると、途端に突き放したくなる自分がチラと顔を出す。
矛盾だ。ひどく子どもじみて、タチの悪い大人の矛盾。
家族って一体なんなのだろう。
そう考えるとき、真っ先に思い浮かぶのは母の姿だ。
長生きしてほしくて、何かあったらすぐにでも駆けつけたい存在。
同時に、離れたくてもどうすることもできない「呪い」のような存在。
だけども、やっぱり。
母のことがきらいで、だけど、好きなのだ。
これもある意味「呪い」なのかもしれない。
母にオブラートを投げつけるとき、私も同時に毒を飲み込んでいるのだ。
いつかこの毒が毒でなくなる日は来るだろうか。
そのときはちゃんと言葉にして直接言いたい。
「いつもごめんね。いつもありがとう」
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