恋をするのは男女だけではない。
まだスマートフォンなんて存在もしていなくて、PCだって一家に一台あるかないかだった2000年代前半。
当時の田舎の小学生、それもとびきりインドアの小学生のかっこうの遊び場といえば図書館だった。
毎日一緒に外で遊ぶ様な友達も近所にはおらず、歳の近い兄弟もいなかった私にとってテレビゲーム以外の暇つぶしはもっぱら本。
長期休暇中は小学校の図書室も利用できないので、自転車で20分くらいの距離にある図書館にほとんど毎日のように通っては、エアコンの効いた館内で本を読み漁っていた。
大人向けの小説はまだ意味を汲み取れないが、児童書の子供っぽい世界よりもちょっと背伸びをしたい。そんな微妙な年頃だった。

本を出鱈目に引っこ抜きパラパラと確認する。一冊の本に目が留まった

児童書コーナーの奥側にはヤングアダルトコーナーがある。
『小学◯年生』や児童文学のカラフルでキラキラした装丁のない、薄くてつるりと光る青白い背表紙に飾り気のない黒文字で書かれたタイトル。
児童書よりもサイズも厚みも小さな本たちが整然と棚に並ぶ光景は、とても大人っぽく見えた。そこに立って本を選ぶ私カッコいい!!
そんなことを考えながら、別に悪いことをしている訳でもないのにキョロキョロと周りを見ながらコーナーに足を踏み入れた。
書架に並ぶ本を出鱈目に引っこ抜く。
どの本も少女漫画のような美男美女や萌え系アニメのキャラクターが表紙を飾っていた。そこに収められていたのはコバルト文庫や電撃文庫などという所謂ライトノベルと呼ばれる本たちだった。
表紙とあらすじをパラパラと確認しているときに、一冊の本に目が留まった。
表紙には学ランを着た少年が剣を持ち、背後にはいかにもファンタジーに登場するような真っ白い僧衣を着た男性が控えている。
あらすじには「正義感の強い主人公が友人のイジメ現場に遭遇。助けに入ったら自分が公衆便所に流されてしまった!流された先はなんと異世界!?そこで自分は魔王だと告げられて……」とある。
タイトルは『今日からマのつく自由業』。
異世界転生モノのはしり、というやつだったんだと思う。
背伸びをしていても剣と魔法のファンタジーが大好きだった私はまだまだ子供で、面白そうだと手に取り、貸出処理をした。

美男子の登場人物たちの主人公の少年への感情が、私を捉えて離さない

帰宅した私は、早速借りてきた文庫本を手に取り読み始めた。
主人公は常識の違いや種族ごとの対立、いきなり召喚された異世界での生活に戸惑いつつも人々との交流を通して立派な王様になる事を決意していく。
剣と魔法の冒険活劇にコミカルな会話。
幼い私はあっという間に引き込まれた。

喋る剣も長命な魔族も不思議な石も、みんなみんな楽しかったけれど、私の心をひときわ捉えて離さなかったのは、揃いも揃って美男子の登場人物たちが主人公の少年に向ける並々ならない感情だった。
主人公の名付け親であるお目付役も美形の教育係も、メインの登場人物達はみんな主人公である少年にメロメロだ。
彼らと主人公が交わす言葉は、毎月楽しみに買っている『ちゃお』や『なかよし』のヒーローとヒロインが交わすものと同じだった。
いいや、なんなら少し大人びて見えたくらいだ。
今思えばなんのことはないブロマンス、と呼ばれる関係に括られる彼らも当時の私には衝撃的で、なんだかイケナイものを見ているような気分になってしまう。
ドキドキしながらページをめくり、主人公が文化の違いから天使の如き美『少年』ワガママな元王子様にプロポーズをしてしまった瞬間に負けを悟った。

あの夏の日、薄暗い興奮に包まれて幼き腐女子が誕生した

恋愛も結婚も男女がするもの、それまで何を疑うこともなくそう信じていた私は、ワガママなプリンス、通称わがままプーが主人公にコロッと落ちてしまった瞬間にこの二人組が大好きになってしまった。
プロポーズは間違いだ!と逃げ惑う主人公と押しかけ女房よろしく主人公の世話を焼く美少年、二人の今後を見守る為だけに翌日も図書館に向かった。
幼き腐女子の誕生である。

おっさんズラブやチェリまほによって、いわゆるボーイズラブはかなり世間に認知されるようになった。
今や腐女子はそんなに隠れた趣味ではないのかもしれず、割とカラッと語れるものなのかもしれない。
でも、私は確かにあの夏の日、図書館の少し紙が湿気ったような匂いの中で薄暗い興奮に包まれていたのだ。
男性2人の並々ならぬ感情の機微を感じ取れば、思わずそこに愛の一言を当てはめてしまいたくなる。

そんな私はそろそろ貴腐人と呼ばれる域に入ろうとしている。