またいけなくなる可能性も。京都で自分の時間を多く作った

先月の11月、仕事で2年ぶりに京都へ行った。
例年、1年に1回は行くことになっているのだが、コロナ禍で緊急事態宣言も重なり、2年ぶりとなった。
バスと新幹線をつかっても5時間かかった。こんなに移動したのも久しぶりだ。まだまだ自分自身が怖いのでプライベートで県外に行くのも、交通手段でバスや新幹線を使うのも2年ぶり。仕事でなかったら絶対行っていない。コロナに対して少し石橋をたたいて渡りすぎなのかもしれないが……。

久々の京都ということもあったり、もしかしたらまたいけなくなる可能性もあったりで、仕事の時間を調節して自分の時間を多く作った。

松尾芭蕉に関する本を読んだことから落柿舎に興味をもったので、嵐山駅に向かった。しかし、修学旅行生で嵐山駅周辺はごった返していた。「まあ、学校関係者ならコロナ対策も万全なはず……」と思いながら、落柿舎を目指した。
紅葉を楽しみながら天龍寺を通り過ぎ、幻想的な雰囲気を持った竹林の小径を通り過ぎると、閑静な土地にたどりついた。

興味ある事を現地の人にたくさん教えてもらい、うれしかった

いよいよ落柿舎に到着した。やはり少しマイナーなところなのか、修学旅行生もほとんどいなく、見学者は私だけだった。
落柿舎の拝観料を支払う受付で、少しやりとりをした。松尾芭蕉の弟子である向井去来の過ごした場所であり、わたしはその向井去来に関する御朱印が目当てだった。
秋だったということもあり、御朱印の紙の色は柿色。初御朱印ゲットが珍しい色と自分が求めた朱印だった、その2つに興奮した。全部で4枚あったので、もちろんすべて購入。

「全部でいいのかい?すごいねえ……」なんて言われるもんだから、「松尾芭蕉の弟子が住んだところだと聞いたので嬉しくて……」と、そこから少し松尾芭蕉や向井去来のことについても教えてもらった。
20代で落柿舎まで1人で来る人は少なくて、俳諧の世界に興味をもっていたことを喜んでくれた。私は、自分が興味ある事についてたくさん教えてもらえること、しかもそれを現地で現地の人の声で聞けることがとてもうれしかった。

私は満足して、どこかで余韻に浸ろうと考えた。京都だし、抹茶……?
普段抹茶は苦手で飲めないが、京都に来ると飲める気になってくる。どこかしらのカフェに入れば飲めるかしら……と考えながら歩いた。

公園の向かいにあるカフェに入った。お客さんはほとんどいなく、ほぼ貸し切り状態。こぢんまりとしたお店だったが、なんだか落ち着いて過ごすことができた。
店主は私の母ぐらいの年齢でそれもまた落ち着ける1つの要因だったのかもしれない。おいしい抹茶ラテをいただき、少しお話をすることができた。
仕事の話がほとんどだったが、私の住んでいる地域のことも話すと、「うちも似たとこがあってね……」なんて多くの話を聞くことができた。

同じ日本でも、変わらないものはたくさんあると強く感じた

京都と聞くと大きな学校ばかりだと思っていたが、山間部は山村留学と呼ばれる制度で学校がなりたっていたことや、スーパーまではなかなか時間がかかること。観光地でもあるからこそ物価が少し高くなっていることなど多くの話を聞いた。
最近はコロナ禍で経営が難しくなっていること。観光地だから人気かと思いきや、そうではなくて、その土地その土地で生活の不自由さは必ずある。それを私の住む地域ではなく、旅行先で、聞きなれない方言も交えながら聞くことができたからこそ、なんだか身近に感じることができたし、同じ日本でも変わらないものはたくさんあるのだな、と強く感じることができた。

自分の地域だけにしかいないと、気づけないことはたくさんある。コロナ禍だからこそ、それがよけいに辛かった。
辛いのは私だけではないのか、ほかの地域ではもっと楽しい日々を暮らしているのではないか。コンビニやスーパーまで1時間かかるところに自分が住んでいるのはなんて不自由なのか。
そんなことばかり考えていた自分にわずかな光が差したように思う。不自由だからこそいいものがあるのかもしれない。コロナ禍だからわからなかったけど、みんな辛いんだ。

旅行に行かないと、今の自分の幸せを再発見することは難しい。人間は比較する生き物だ。だからこそ、自分の知っている土地以外のところへ行き、聞きなれない声を聞き、今の自分と見つめなおす時間は大切なのだと思う。