顧客に喜ばれても何も感じない。接客には向いていないんだろう

女は常に愛想を振る舞い、親切にしなければならないんだろうか。

接客に向かない人種というのは一定数いる。その気がなくとも表情が硬かったり、語気が強かったり。良かれと思って口にしたことが顧客の機嫌を損ねたり。
他の人が息を吸うように当たり前に出来るそんなひとつひとつが、どう頑張っても出来ない。そもそも頑張ろうと思えない。

かくいう私もそのくちで、割と頻繁にお客様から『ご意見』をいただいてしまう。
言い方がキツいだの態度が悪いだの色々と言われ、言われた瞬間は落ち込むし反省もするが、向いてないんだな、こんな仕事さっさと辞めよ、と1日もあればなかったことにしてしまう。

そもそも店員だからって、客がどんな態度でもいつも親切ニコニコしてろ、という考え方自体が間違っている、と思うだけでなく態度に出てしまうんだから本当に接客業に向いていない。
お給料を貰っているんだからと言われるが、理不尽な顧客対応に神経をすり減らしていることを考えたら、あまりにも見合っていない額だ。顧客に喜ばれたり、感謝されたりしても特段やり甲斐を感じることもない。本質的に向いていないんだろうな、と思う。

「女が偉そうにしてるもんじゃない」。私の心は完全に無だった

そう自認する私に、数日前あまりにも納得できないことが起こった。
私の勤務先では、コロナ禍での感染症対策としてセルフレジが導入された。セルフレジとは言ってもコンビニに導入されているような誰でも感覚で操作できるようなものではなく、元々スタッフが利用していた自動釣り銭機をお客様側に向けただけ。お札の開口部は勢いよく閉まるし、そもそも何処にお金を入れたらいいのか分かりづらい。
機械化に慣れている若年層なら苦もなく扱えるが、ご老人からは評判の悪いセルフレジだった。

セルフ化したのに逆に問い合わせが増えて非効率極まりない事態に、元々接客が嫌いな私は早々に我慢の限界を迎えて、自作の使い方POPを全レジに展開した。
レジの使い方についての問い合わせは劇的に減り、快適なセルフレジ生活が始まるかと思った矢先だった。

平日の閑散としたレジに足音も荒くやってきた70後半くらいの老爺。
ドンっ、と勢いよく商品とお金を置いて、後はお前がやれ、とでも言わんばかりの態度に不快感を感じた私は、
「お現金はセルフレジになってますー」
と、おざなりに投入口を指した。
セルフ?なんなんだよ……などとぶつぶつ文句を言いながら投入機の前に立つ老爺は、案の定何処に入れればいいのか分からずイライラしている様子だった。
もう必要最低限の対応しかしたくない私が、
「そちらのイラストをご覧ください」
と、言ったタイミングが我慢の限界だったらしい。
「ふざけんなよテメェ!イラストなんかどこにあんだよ!それが客に対する態度か!!偉そうにしやがって!!」
と声を荒げ始めた。
あー、やってしまったなと思い、とりあえず謝罪して、投入口はここだと案内した。
こちらが下手に出たら満足したのか、老爺は会計中、親しげに話しかけてくる。
「おねーちゃんさあ、そんなんで彼氏怒んないの?」

自慢ではないが、生まれてこの方彼氏なんていたことがない。気の強い性格と、女性らしさの無頓着さから浮いた話のひとつもなくここまで来た。
でも、そんなこと素直に言おうものならこの老爺が調子に乗るのは目に見えていたので「そうですねー」と生返事をしておいた。
こちらの返事を聞いているのかいないのか、「そうなの?色気があるからだな、おねーちゃんよぉ、そんな態度が許されんのも色気があるうちだけだぞ。70過ぎたばばあになってみろ、誰も見向きもしねーんだから。女が偉そうにしてるもんじゃないよ、ニコニコ笑って従順にしてりゃーいいのよ」
と、ご高説を垂れてきた。

此処に至って、私の心は完全に無だった。もはやこの老爺の話なんて一つも聞いていない。
早く帰れ、という気持ちをめいいっぱい込めて「ソウデスネーサンコウニシマスー」を繰り返し、対応を切り上げた。

『女なんだから』は日本人女性にかけられた呪い

私が接客業に向いていないのはあくまで個人の資質の問題だ。そこに女であるとか男であるなんて、微塵も関係ない。私が男性でも全く変わらない対応をしただろう。
でも、私がそう思っていてもあの老爺は私が男だったらあんな怒り方をしたのだろうか。

無駄に長くなってしまった接客業従事経験の中で『女であること』で男性スタッフよりも過剰に『親切』で『丁寧』で『へりくだった』対応を求められる場面が多々ある。

私はそういう対応を求められる日本の暗黙の了解に腹が立つし、そういう側面があるから老いても一人で生きていけるような財力や生活力が欲しいと思っている。
そういう話をバイト先ですれば、「そんな肩肘張らなくても」とパートのおばさんに笑われた。

『女なんだから』は日本人女性にかけられた根の深い呪いだ。
そう思う私が間違っているのだろうか。