両親の喧嘩が絶えない家庭で育った。怒鳴り合う親を泣きながら止めようとする姉と違って、喧嘩が始まると私はいつも自分の部屋に逃げていた。
その様子を思いだして、よく両親に幼い頃の私は冷たかったと言われるが、感情を親にぶつけられなかった私こそ本当は助けが必要だったのだと思う。

相談できない家庭環境。そんな時に出会った本が私を救ってくれた

家庭環境は非常にプライベートな話題で、誰かに相談することが難しかったため、私は本に頼った。特に家族愛を描いた話を読むことで、現実の家族から目を背けていた。
そこで小学5年生のときに出会った本が、倉橋燿子先生の「カミングホーム―わたしのおうち」という青い鳥文庫の小説だ。

5人家族のお父さん、るり子ちゃん、かおりちゃん、桜子ちゃん、令君は深い絆で結ばれているが、人に話せない秘密があった。誰一人、血がつながっていないのだ。

お父さんは患者の話を熱心に聞いて診療する、優しいお医者さん。患者一人一人にかける時間が長いのに、診察料を安くしていて、見た目がプーさんみたいに丸々としているので家族からプーさんと呼ばれている。
長女のるり子ちゃんは美人で高飛車、彼氏が絶えない恋多き高校生。次女のかおりちゃんはおとなしい中学生。最近不登校中で家事をほとんどやっている。ケーキやクッキーを焼くのが好きで患者さんや病院のスタッフに振舞っている。
女の桜子ちゃんは小学6年生で剣道を習っている元気っ子。考える前に動くタイプ。末っ子の令くんは小学五年生でありながら一番のしっかり者で優等生、しかも聞き上手で家族の話を最後まで聞いてくれる。お父さんのようなお医者さんになりたいと思っている。

小説の家族に自分を加え、想像のなかで家族の温かさに触れた日々

私は血がつながっていないけれど心が深くつながっている家族の温かさに憧れていた。自分の家族が嫌いだったから、この小説の家族に自分を加え、本当の家族と信じ込んだ。想像の中で、私は三女の桜子ちゃんと末っ子の令くんの間の四女で、二人と同じ部屋を使っていた。

特に三女の桜子ちゃんとは仲が良く、友達みたいだった。兄弟同士では「ちゃん」「くん」を付け合い、お互いを尊重しているみたいで素敵に思えた。また想像の中で、私はおさげが似合う可愛くて社交的な女の子で、違う名前を持つ別人物だった。

現実では満たされなかった兄弟愛と家族愛をこの家族からたくさんもらうことにより、現実の家族と過ごすつらい日々を乗り越えた。

しかし6年生のとき、私は大好きな空想の家族とお別れをすることにした。このまま依存していると、本の中に引っ張られてしまうのではないかと危機感を抱いたからだ。
現実を見ないといけないと分かっていながらも、お別れが悲しくて、泣きながら理想の家族にさよならを言った。布団の中で、本当の別れのように、さようなら、さようならと延々と泣き続けた。

大好きな本の終わりのように、空想の家族に向けて作文を書いてみた

私は「カミングホーム」の始まりと終わりが好きだ。桜子ちゃんの「わたしのおうち」と題する作文から始まって、終わる。だから私も桜子ちゃんと同じように、大好きだった空想の家族に向けて、最後に作文を書いてみようと思う。

お父さん、るり子ちゃん、かおりちゃん、桜子ちゃん、令くんへ。

12年前、人に頼れなかった小学5年生の私は、あなたたちを頼ることで家族に対するどうしようもない絶望を発散していました。どん底にいた私を引っ張り上げて、受け入れて、家族にしてくれて、ありがとう。

今の私は想像をしすぎると、現実とのギャップに虚しくなってしまうので空想に頼らなくなりました。そのかわり、人に相談するというより現実的な解決策を見出せるようになったよ。
だからもう会いに行くことはできませんが、これからも色んな悩みを抱える読者があなたたちを訪れたら、たくさん愛してあげてください。
よろしくね。