私は昨年の秋、あるライティングの案件を受けた。
その中身は、「レディキラー」に関するものだった。

女性蔑視するようなこの記事を、女性の私がライティングするなんて

レディキラー、というお酒をご存知だろうか。甘くて度数が高くて、飲みやすいのにすぐ酔っ払ってしまえるお酒の総称だ。
いわゆる男性が女性を「お持ち帰り」するために飲ませるようなお酒。自分が選択して飲む分にはいいが、飲ませて酔わせて、レイプ同然の肉体関係を持たせる、そういう使い方をされてきた側面がある。

私が当時働いていたのはウェブニュースメディアだった。
ライターという仕事は、基本的に依頼内容を実際に文字に起こしていく仕事だ。そこに自分の意志はない。テンプレートとレギュレーション、そしてキーワードに従って淡々と記事を作成するのが仕事なのである。
ただ、その時の内容指示書は、酷かった。
レディキラーをどうやって飲ませて「お持ち帰り」するのか、というあまりにも酷い内容だ。唾棄すべきとはこのことをいうのだろうな、とぼんやり頭の片隅で思った。令和のこの時代でさえ、まだ女性蔑視がなされているのか。
そしてそれをライティングするのが、私、つまり女性なのだと思った瞬間、ガッと頭が熱くなった。

犯罪を助長するような記事を依頼したクライアントに腹が立った

なんだこれ。なんでこんなものをまかり通らせているんだろう。
残念ながら、私はフェミニストではない。フェミニズムを謳うミサンドリストを飽くほど見てきたからでもある。それに、どうしても生物学的に性差というのは埋まらないだろうとも思っている。
平等なんてこの世界にはない。だからこそ、個々を尊重すべきだし、男性が、女性が、という括りこそ不必要だとも思っている。そういう意味ではフェミニストではないと思う。

だけど、これは性差を利用した犯罪を助長することだ、と思った。女性は生物学的に肝臓の小さい傾向にある。だからアルコールも個人差はあれど大体分解しにくい。特に日本人女性は人種的な理由も相まってあまりアルコールに強くないし、すぐ酔っ払ってしまいがちだ。

私は顔も見えないクライアントに腹が立った。どこの誰がこんな内容を指示したのかはわからない。だが、そもそもの起点がおかしい。みんなが見ることのできるウェブニュースに、性犯罪を助長するような記事を置こうとしているのか。性差を利用して二性間に溝をあえて作らせるような、そんな意図が見え隠れする。
そもそもよく指示書を読んでみれば、男性は格好つけたいものだとか、そういう文言も踊る。
いやいやいや。アホなのか。万が一そういう人がいたとして、それは違うというのがメディアのすべきことでは? こんなハイリスクなことを書いていいのか?

当時の選択を後悔していない。正しくなくとも、良い行いでなくとも

私の当時の考えが正しいとは今も全く思っていない。お金をもらっている以上、あのままライティングした方が良かったんじゃないかとも思う。それにクライアント自身そこまで考えていなかったかもしれない。キーワードを検索してみた時、出てきた記事を見て需要はそこだと考えた可能性だってある。
ただ、私がこの記事を書いた時、自分が後から胸を張って「この記事を書きました」と言えないと思った。それだけだ。私のチンケな正義感だけで、私はキーワードを踏まえつつ全く違う内容の記事を書いた。

レディキラー? もってのほかだ。そもそも女性のお酒を頼まれもしないのに注文するんじゃない。

そんなことを書いた一ヶ月後。私は退職した。結構難しい内容を書かなければならなくなったことと、修正が莫大になったからだ。難癖のような修正。それが嫌でとっとと辞めた。あの記事と、急に増えた修正の多さに、相関関係も因果関係もない、と信じてはいる。

あの時書いた記事はおそらく公表されていないはずだ。もしかすると今後同じ内容を書く人が出てくるかもしれない。

だけど、私は当時の選択を全く後悔していない。正しくなくとも、良い行いでなくとも、私はそういう人間だからだ。