「人前で泣いてしまう」のが弱さなのか、「人前で泣けない」のが弱さなのか?言い換えるならば、「人前で泣ける強さ」なのか、「人前で泣かない強さ」なのか?
そんなことを考えながら、アイドルのドキュメンタリーを観ることが私の趣味のひとつである。

私が好きなアイドルは人前で泣かない。涙を流すのはステージを降りてから。辛かったと振り返るのは全てが終わってから。
戦って傷ついても痛みを隠すヒーローみたいでかっこいいと思うけど、同時に「あなたの本当の感情を素直に出してほしい」とも思う。偶像を纏っていない貴方が見たい。人の弱さは時に愛おしい。

助けを求めず泣かない私が選んだ職場は、助けを求める人が足を運ぶ所

私は人前で絶対に泣かない。というか、泣けない。勝っても負けても、どんな理不尽を受けても、認められても、嬉しくても悲しくても。
基本的に他人の前で泣くことは「負け」だと思っている。何と戦っているかは知らない。卒業式の合唱で泣く子や、勝って嬉し泣きするチームみたいに、感情を素直に出力できるタイプの人たちへ若干の嫌悪感を抱きつつ、実はめちゃくちゃ羨ましい。
本当は言いたかった、「分からない」「出来ない」「教えて」「助けて」が、わだかまりになって私を縛る。甘えたり休んだり頼ったりするのは恥ずかしいこと。

そんな考えに苦しむ私が職場として選んだのは、よりにもよって「助けを求める人が足を運ぶ所」だ。
具体的に言うと、心療内科。働き始めて驚いた。想像以上に患者数が多い。今の状態が明らかに異常だと自覚できず、感覚が麻痺し、判断がつかなくなっている人をたくさん見た。
みな口を揃えて言う、「薬に頼るなんて甘えです」「仕事を休めば迷惑がかかるので」「とにかく学校に行かなきゃ」という自己責任論の鎖。「もう限界かもしれない」と気付く時、心と体はとっくに壊れてしまっている。

考え方の鎖を溶かすヒーロー登場。最初からもっと言えばよかった

さて、私の仕事は、右も左も分からない状態から始まった。薬の名前を間違えて患者様を待たせてしまう。引き継ぎメモの内容が分かりづらくて先輩に迷惑をかける。レジを打ち間違えて計算が合わない。思い出すとキリがない。
先生や他のスタッフの方々に強く怒られ、力不足に毎日落ち込み、私なんて早く辞めたほうがいいと何度思ったことか。ミスを繰り返した帰りの電車では涙を堪えた。体調が悪くても、責められるのが怖くて欠勤の電話を入れることができなかった。当日に突然行けないだなんて迷惑がかかる、そんなの甘えだと思い、薬を飲んで出勤するような日もあった。

そんな時、ヒーローが現れる。先生からは「信用しているからこそ成長してほしい。あなただから気付けている点がたくさんある」と言われた。先輩からは「分からなかったら、迷わずに聞いて?分かるまで教えるから、1人で完璧にやろうとしないで」と言われ、薬の名前リストや電話応対のマニュアルを作って渡された。ある日勇気を出して、体調不良で休みたいと連絡を入れると、「ゆっくり休んでください」と言われて電話を切られた。

なんだ。最初からもっと言えばよかった、聞けばよかった。
注意されたのは「行動」であり決して人格否定ではない。私のせいで起きたミスもあったけど、私のおかげで防げたミスもあったじゃないか。
「自分だけで頑張ることが一人前の条件」
「頼ったり聞いたりするのは申し訳ない」
「甘えたくない。できるって認めてもらいたい」
ゆっくりゆっくり、そんな考え方の鎖が溶けていくのを感じた経験だった。

素直に助けを求めることは、ダメなことの証拠でも、何の甘えでもない

そういえば、冒頭で言ったアイドルも確かに私のヒーローである。どんなに辞めたくてもズルズル頑張れたのは「バイト代が入ったらあのグッズを買いたい」とか「今日はあの番組の放送を楽しみに頑張ろう」とか、そんな小さな理由がいくつも積み重なっていたからだ。

働き続けて2年半になる。今ではすっかり困り顔の末っ子キャラになった。「ちょっと頼りなくて甘えん坊だけど、じっくり考えた後は全力で進んでいくタイプ」と言われる。褒められているのか微妙だけど、悪くない。
一人で勝手に背負い込んでいた私は何処へやら。もう主要な薬の名前はスラスラ出てくるけど、やっぱり間違えたり忘れてしまったりすることはある。
でも聞けばいい。相談すればいい。「助けて」「教えて」を素直に言うことは、あなたがダメなことの証拠なんかじゃない。何の甘えでもない。

先日、とある電話を取った。定期的に来る男性の患者さん。
涙ぐんだ声で、「人間関係が上手くいかない、どうしたらいいか分からない」と、子供のように言い続ける。私は専門家ではないから、話を聞いて受診を勧めるか、主治医に取り次ぐ事くらいしかできない。
「辛いですね。何もかも嫌になっちゃいますよね。眠れてますか?来られそうなら、一度先生に相談しますか?」と告げながら、電話口の声と必死に向き合う。
すると患者さんは「話したら少し楽になりました。ゆっくり聞いてくれてありがとう。薬がなくなる頃にまた予約します」と言い、落ち着きを取り戻して電話を切った。

何が弱さで何が強さ?答えは分からないけど、人の弱さは時に愛おしい

救えたのかもしれない。きっと彼が求めていたのは薬や予約ではなかった。何の医療行為でもないけれど、今の私が支えになったのかもしれない。彼にとって私は一瞬でも頼りになったのかもしれない、と思った。受話器を手に持ったまま、滲んでくる嬉し涙を必死に堪えた。
やっぱり私は、人前で泣かない。

「人前で泣いてしまう」のが弱さなのか、「人前で泣けない」のが弱さなのか?「人前で泣ける強さ」なのか、「人前で泣かない強さ」なのか?答えは未だに分からない。きっと一生分からないけど、人の弱さは時に愛おしい。

色んな人にちょっとずつ頼りながら、時に甘えながら、そしてきっと同時に頼られて甘えられながら、これからも生きていくしかないのだろう。
私も誰かのヒーローになりたい。