2019年11月下旬。知り合いもいない土地に「住んでみたい」という気持ちだけで、思い切って引っ越しをして数週間が経った頃、偶然立ち寄った古本屋で出会った本は、いつしか私の「棺桶に入れてほしい大切なもの」になった。

この本に出会った古本屋のことは、引っ越し前から知っていた。家から歩いていけそうな距離にあったので、本当なら「引っ越したらすぐにでも行きたい」と思っていたけど、引っ越しも、私の人生も。そう上手くは進まない。
それでも、時間は物事を解決してくれ、それなりに住んでいけそうな気持ちと、家の状況を手に入れることができたとき、「明日は1日ゆっくりするぞ」と、出かける日を作った。
前日の夜になんとなく行きたい場所を思い浮かべて、買いたいパン屋さんの情報もインスタでチェックする。そのときに気付いたのが、このパン屋さんの近くに古本屋があることだった。

引っ越した土地で入った古本屋。ピンと来るものがなくて帰ろうとしたときに

翌日、ある程度の目的を終わらせて向かった古本屋。ドアを開けて、目に入ってきた本の数々。そして古本屋らしいあたたかい匂いに、殺伐とした気持ちで生きていた数週間の気持ちが癒えていく。

店内には、観光で来ているであろうカップルの姿が1組だけ。何か本を探しているというよりは、その場の雰囲気をのんびりと楽しんでいるようだった。床が木でできている店内には、その場にいる人たちの靴音がよく響く。
店内にいる女性が歩くたびに聞こえるコツコツという小さな音から、履いている靴を予想してみた。
私から奏でられる音は「いつか雪が降ったときのために」と買った防水ブーツの音。本当ならもっと季節が冬になってから履けばいいものの、「履きやすいから」という理由で季節関係なく履くところが私らしい。そんな靴から奏でられる音は、トストスと、あまりおしゃれなものではなかった。

そんな音を感じながら店内を歩いていく。私は本が好きだ。「読む派」「読まない派」の派閥に分かれるなら、読む派に入ると思う。ただ、好きな作家さんがいるかと聞かれれば、なんとなく思い浮かぶ方が数名いる程度で、だいたいは「直感買い」をしていた。
地元のちょっとおしゃれで珈琲も飲めるような本屋をうろうろしながら、値段も見ずに「良さそう」というアンテナがビビッときたものを買う。だからこの日もいつもと同じように「良さそうアンテナ」を張り巡らせて、本棚を見て周る。
何冊か手に取った本はあったけど、どれもピンとこなかった。「今日は何も買わない日かな……」と思いながら出口の方面へ歩いたとき、レジ周りの詩集の棚が目に入った。

でたらめに開いたページにある言葉は、今の私に必要なものばかりだった

詩集はタイトルが面白いものが多く、端から背表紙に書かれているタイトルたちを流れるように読んでいくと目に留まった1冊の本、「谷川俊太郎の問う言葉答える言葉」(著者:谷川俊太郎/イースト・プレス)。
ビビッと来た。
「何にビビッときたか」を言語化することはできないけど、私が「良い」と思ったから。その本を手に取って、パラパラとページをめくると、余白の多いページには読みやすいサイズで書かれた言葉たちが紡がれていた。
本は、著者である谷川俊太郎さんが紡いだ「生きる」「愛」「死」などについての言葉が凝縮された1冊になっていた。
「これだ!」。心に決めた本を手にレジへ直行。ちょっとだけピチッとしたサイズのビニール袋に本を入れてもらい、ルンルン気分で自宅まで戻った。
帰宅後、本を読もうと思ってページを開いてみたけど、なんだかしっくりこなかった。詩集だから「読み進める」という感覚もなく、その日は、数ページ目にするだけだった。

それからどのぐらいの日にちが経ったかは忘れたけど、机の上に置きっぱなしにしていた本を手に取ったとき、詩集だから前後のつながりはないだろうから、「えい!」と思い切ってページを開いてみた。
するとそこに書かれていた言葉が、その日を生きる私にピッタリな言葉だった。
きっと偶然だと思うけど、それが嬉しくて仕方なくて、翌日も同じように「えい!」とページを開く。
触れる言葉はどれも「今の私」に必要な言葉ばかりで、いつしかその言葉たちが、今を生きる指標となり、寝る前にページをめくることが日課になっていた。
まるでおみくじのように、出会った言葉を自分のなかに落とし込んで大切にする毎日は新鮮で、毎日新しい出会いがあるようだった。

おみくじのように言葉に出会う詩集。一生開かないページもあるかもしれない

そんな日々が続くこと2年。今は毎日ではなくなったものの、落ち込んだときや、気づいたときに「えい!」とページを開いている。
ここで出会う言葉たちは、どうしてだか、いつも私にピッタリで、今の私が歩んでいく道すじを照らしてくれるようなものばかりだった。

正直、ページに関しては自分の開き加減なので、たまの確率で以前出会った言葉にまた出会うこともある。そんなときは「やっぱりこの言葉が自分には大事なんだ」と言い聞かせてみたりもする。
それに、いまだに開けていないページだってある。もしかすると一生出会うことがない言葉があるかもしれない。
そんなことを思うと、ちょっとだけ勿体ない気もするけど、この本は私にとって特別な本で、死ぬまでに読み切らなくてもいい本だ。

私が最期を迎えたとき、この本を棺桶にいれてもらおう。そうしたらいつか、この本に書かれたすべての言葉に出会えるかもしれない。
せっかくこの本についてのエッセイを書いたのだから、「今日の私」に向けての言葉に出会おうと、「えい!」とページを開いてみた。

「生きることを物語に要約してしまうことに逆らって」

また新しい言葉と出会えた。あとでゆっくりこの言葉も、自分のなかに落とし込みたい。
こういう本の読み方も、きっと悪くないはず。