女性社員が全員の弁当箱を洗う、という奇妙な風習

「そういうのじゃなくって、もっと真面目な話として聞いてるんだけど」と困った顔で言う上司のことを、私は忘れないだろう。
あれはもう10年近く前。新卒で入った田舎の会社。そこには奇妙な風習があった。

お昼休みに皆でご飯を食べる。それは別に構わない。問題なのは食べ終わってから。
テレビを見たり話を続けている男性を横目に、女性の社員だけで全員(もちろん男性社員の分も含めて)のお弁当箱を洗う。入社歴や役職も関係なく、女性が皆のお弁当箱を洗う。

皆が食べ終わってひと段落すると、女性の誰かがふと立ち上がる。そして、その場にいる女性がそれにならって立ち上がる。皆のお弁当箱を集め、洗い、布巾で拭く。
誰も何も言わない。息をしたりトイレに行ったりするのと同じように、当たり前に毎日行われる。
私はもともと食器洗いも家事も好きではない。まさか「女」だという理由だけで他人の分まで洗わされることになるとは……と驚き、ずっと違和感を持っていた。

この職場で、どんな人を目指したらいいんだろう

入社してから半年か1年経ったころにあった、上司との面談で「困っていることや、改善すべきだと感じている点はありますか?」と聞かれ、食器洗いをしたくないということを伝えた。
その時の返事が冒頭の答え。私はふざけていると思われ、その面談はすぐに終わってしまった。男性である上司には、全く伝わらなかったようだった。

それまで、あまり男らしさや女らしさ、それぞれの役割などに疑問を感じたことはなかった。学校では、男女は平等だと教えられてきた。高校の体育の授業が男女別だったぐらいで、授業も同じ。受験も同じ。制服は違うが、そんなに意識してきたことはなかった。
だから、社会に出ても性別は関係ないんだろうと、考えることすらなかった。

それがどうだろう。お茶やお菓子をさりげなく用意したり、掃除をしたりすることが女性の仕事となっている。そして、それは仕事上は評価されることはない。でも、「○○さんは気が利くね」と評価され、逆にできないと陰口をたたかれたりすることすらある。
これまで育ってきた中で教えられてきたことと、実際の社会での役割があまりにも違いすぎて、私はどうしたら良いのか分からなかった。

女性だけに支給される制服を着るのは、パートのおばさんと、未婚の女性社員だけ。女性が昇給するとわざわざ珍しがられたりする。
恐らく、男性である上司だけではなくて、他の誰も疑問に思っていなかったのだろう。他の女性も含めた全員が、誰も。

ここで働いて、どうなりたいんだろう?
どんな人を目指していけばいいんだろう?
それが分からなくなり、私は転職した。

誰にも理解されず、乗り越えるべき壁は高くなるばかり

あれから10年の間に、私は3回転職し、今は東京に住んでいる。
あの会社は今はどうなっているだろう。田舎の会社だったから、10年も前のことだから。そうだと思いたい。

女性に「らしさ」を押し付けるのは男性だけではない。その環境に慣れ親しんで、疑問に思わなくなった全員だ。おかしいと思っても、誰にも理解されず、壁が高くなっていく。高い高い壁を乗り越えるのは、どれだけの労力が必要なのだろう。

きっとまだたくさんある押し付け。私の世代で全てが解決できるとはたぶん無理だろう。
だからできることは、誰かから「おかしい」「変えたい」と言われたときには受け止めること。
壁を低くできればいいけど、せめてそれ以上高くしないように。これを繰り返していけば、きっと未来の誰かのためになると信じている。
まずは、自分が壁を高くしていないか。自戒していきたい。