「私が誰かを切実に頼ったとき」
このお題を見たとき、中学時代のとある光景が頭の中に浮かんできた。
職員室の白いライトと、担任の先生の少し戸惑った表情。他の先生に聞こえないよう声を潜めた私は、たぶんものすごく切羽詰まった顔をしていたと思う。
上海での学校生活にも慣れてきたある日、初めての生理を迎えた
中学時代は、上海にある現地校の国際部で過ごした。日本の中学校と違って、ホームルームとは別に、レベル別に分けられたクラスで授業をする。先生の多くが中国人で、主要教科は全部英語での授業。日本人の友だちもいたけれど、ホームルームの日本人女子は私一人だけ。
明るい女性の先生が担任だった。転校したばかりで右も左もわからなかった私に、「最初は大変かもしれないけど、一緒に頑張っていきましょう」と優しく声をかけてくれた。
学校生活にも慣れてきたある日、初めての生理を迎えた。
血なのかすらよくわからないドロッとしたものが付着した下着を見て慌てた私の横で、「おめでとう!」と喜んでいた母を今でも覚えている。何も知らない妹と、裏でこっそり事情を知った父の前で、お赤飯と一緒に写真を撮った。とっても気まずかった。
月に一度生理がやってくる生活が始まった。
最初のうちは、いつ訪れるかわからない出血に怯えていたが、不思議なもので周期が終わってしまうと痛みや出血の不快感をきれいさっぱり忘れてしまう(私だけかもしれないが)。生理周期を記録するのも苦手だった。目の前のナプキンを取り換えることに必死で、後回しにしてそのまま忘れてしまう。「最初のうちは不安定だし……」という言い訳も手伝って、自分の周期を把握できていなかった。
突然の生理。英語で「ナプキン」を調べる余裕もなく、職員室へ走った
ある日、授業の合間の休み時間に、下着に湿っぽい違和感を覚えた。いやな予感を覚えながらトイレに行くと、案の定下着には経血がついている。ズボンにまで染みていなかったのが不幸中の幸いだけれども。
「どうしよう……」
頭がぐるぐるした。それまで友だちと生理の話をしたことがなかったので、「ナプキンを借りたいけど、誰に訊けばいい……?」と考えてしまった。大人であれば気にならないが、中学には生理が始まった子もいれば、そうでない子もいる。探るようなことはしたくない。小中高一貫だった学校には保健室がなく、「クリニック」という建物があるのは知っていたが、どこにあるのかわからない。もしかしたら広いキャンパスの反対側かもしれない……。必死で頭をフル回転させるうちに、担任の先生の顔が思い浮かんだ。イチかバチか、訊いてみるしかない。職員室に走り、先生のデスクまで行き、恐る恐るたずねた。
「Do you have a “napkin”?」
「ナプキン」の英語を知らなかったので、とりあえずそのまま言った。辞書で調べる余裕はなかった。
すると、何と先生は自分のバッグからナプキンを取り出し、戸惑いながらも「これ……?」と言いながら私に差し出してくれた。
助かった……。
「Yes, yes, thank you very much……」
安堵でお礼の言葉をたどたどしく発すると、先生に「これ、”napkin”って言うの?」と訊かれた。わからなかったので、笑ってごまかした。
わからない単語で「くれ」と言う私に、優しくしてくれた先生は救世主
ちなみに生理ナプキンは英語で「sanitary pads」もしくは「menstrual pads」というらしい。今にして思えば、なんだかよくわからないものを「くれ」と言う教え子に、優しく「これのこと?」と聞いてくれた先生は、まさに救世主だった。焦りながらも、回りの先生に聞こえないよう声を潜めた私を見て、察してくれたのかもしれない。
最近、学校のトイレにナプキンを常備しようという動きがあるとSNSで知った。大人になった今では、急な生理のときでもコンビニに駆け込めば何とかなるが、中学生はそうもいかない。1日を無事に乗り切るためだけに、意を決して誰かに助けを求めなければいけなくなってしまう。
そんな状況が少しでもよくなって、生理と向き合う全ての学生が、毎日を穏やかに過ごせることを願わずにはいられない。