「生理って、体のバグだよね」
ある日友達はそう言った。体のバグ、確かに、と私は思った。
人間の体には不思議なもので、自己治癒力が備わっている。血が出ても、いつか止まる。骨が折れても、いつかくっつく。
だけど生理は違う。足の間から、自分の意思とは関係なく経血が流れ出る。数日間、人によっては1週間、流れ出る。それが、月に1回、周期的にやってくる。

確かに、これはバグかもしれない。さらに、流れ出るだけじゃない。いらいらしたり、異常にお腹が減ったり、わけもなく涙がでる。自分のことなのに、自分じゃないみたいに、どうしようもなくなってしまう。
生理って、なんだ。悪魔みたいじゃないか。

楽しみにしていた卒業旅行のシュノーケリング。その朝に…

生理は大人になるための準備とよく言われるけど、だとしたら、生理用品は、手すりだ。
大人への階段をうまく登れるように掴める手すり。悪魔を背負うこの体は、とても重い。
私は普段、ナプキンを使っているけど、一度だけ、タンポンに挑戦したことがある。

2019年、大学4年生の私は石垣島に卒業旅行に来ていた。
あと数か月で社会人。仲のいい友達とも簡単には会えなくなる。だから、この4日間をめいっぱい楽しむ思いで石垣島に降り立った。
この日の予定は、旅行の大目玉、シュノーケリング。カクレクマノミや、運が良ければウミガメも見えるらしい。わくわくしたまま、朝食を終えて、席を立ったその時だった。
たらり、と体から何かが、垂れた。まさか、と私は冷汗が出た。部屋に戻り、トイレに駆け込む。
だけど、もうわかっていた。生理だ。周期的にはそろそろだと思っていたけど、よりによって今日って。
一気にテンションがさがった。生理だ、と意識し始めた途端に、下腹部がずきずきと痛んだ。海の生き物たちを見ることも楽しみだったけど、一番は、友達と海に入るということが楽しみだった。最後なのに、そう思うと私は泣きそうになった。

がっくりしたままトイレを出て、同室の友達に「生理になった」と話した。
あちゃ~、残念だね、元気出して、と友達が口々に慰めてくれる。その言葉を聞けば聞くほど、下腹部も、心も、痛くなった。

すると、友達の一人が「私、タンポン持ってるよ!」と言った。
「タンポンって、あの、その、中にいれるやつだよね……?」
「そう! タンポンだと海にも入れるよ!」と友達は嬉しそうに言った。
彼女は高校生のときからタンポンを愛用しているという。

私がなぜ、普段からナプキンを使っていたかといえば、お母さんとお姉ちゃんが使っていたから。家族が使っているから、それ以上の理由ない。私にとって生理用品といえば、ナプキン一択だった。

中に、入れる……?
無理だ、すぐにそう思った。体の中に入れるなんてとんでもない。
だけど、今日は卒業旅行。友達と最後の海。私はみんなとウミガメを見るために来た。背に腹は変えられない。タンポン歴7年の先輩から、救世主ならぬ救世品を、受け取った。

初めてのタンポン。無理だ、これは救世品ではない。異物だ

聞いたことはあったものの、実際に使うのは初めて。レクチャーを受けて、トイレに入った。
パンツをおろして、足の間から後ろの景色を覗き込むようにかがんだ。プラスチックの筒に包まれたタンポンを足の間に押し付ける。そこで私は悟った。
「……ちょっと待って!……ぜったい、入れられない!!」

ドアの向こうで待機中のタンポン先輩に向かって言った。無理だ、これは救世品ではない。異物だ。
「大丈夫!ゆっくり息吐いて、ぶすっと一気に!そしたら、しゅっと!」と、彼女が言った。
「一気にぶすっ!?しゅっ!?」
言ってる意味がわからなかった。トイレという狭い個室で、ずっとかがんでいたせいか脂汗がだらだら出てきた。無理だ、でも、やるしかない、いけ!と何度も心の中で覚悟を決める。だけど、局部にプラスチックを当てると、その気持ち悪さがたまらなかった。
何回目かの覚悟を決め、ウミガメを見るんだ!みんなと!その気持ちだけで、タンポンをぶすっと、一気に入れ込んだ。

最初こそ、異物感が気持ち悪くて、若干の痛みもあったものの、局面を超えてしまえば、するするする……と私の中に入ったタンポン。
「は、入った!んだけど、ちょ、ちょっとこれ、え!?どこまでいれるの!?」
おぉ~やったね~、とドアの向こうで、生理ではない友達たちの拍手が聞こえてくる。
「カチッて、はまるところがあるはず!」とタンポン先輩の声。
カチッて、はまる?そんな機械みたいな擬音は人間に使うものじゃない、と思った。だけど、信じるものはタンポン先輩の言葉のみ。私は自分の体の中のカチッ、を探した。
既にトイレに入って40分近く経っていた。サッカーだったら前半戦が終了している。

カチッ。
「……え……あ、ちょ、カチッって!カチッってなった!!」
おお~やっとだね~、とドアの向こうから拍手が聞こえてくる。そのあとは、プラスチックの筒を外して、無事にタンポンの装着が完了した。
足の間からちょろり、と出た紐が急に愛おしくなった。

人生100年時代。私たちは、女の子100年、自分の体と生きていく

一試合終えたような形相でトイレから出て、午後、無事に海に入ることができた。タンポンを入れている、という違和感はほとんどなかった。
カクレクマノミは見れたけど、結局ウミガメは見れなかった。
この日は、シュノーケリングよりもタンポンを入れた日、として思い出に刻まれた。

人生100年時代。私たちは、女の子100年、自分の体と生きていく。
可愛い洋服、きらきらのメイク、美味しいスイーツ。そして、生理。
生理なんていらいらするし、お腹は空くし、悲しくなるし、いいことは少ないかもしれない。

だけど、進化した生理用品が私たちを支えてくれる。手すりは、いつも隣にある。
少しでも生理生活が快適になるように。生理じゃない日と同じように生活を送れるように。生理はずっとじゃない。
だけど、今だけは、意地悪な悪魔を背負ったこのままの私で、生理用品という手すりに助けられながら、一歩一歩、大人への階段を登りたい、と私は思う。