平日夕方の1時間は懐かしのドラマの時間だ。
夕方16時から1時間、当時私の地元ではその時間、6、7年前に放送されていたドラマの再放送が放映されていた。
学校から帰宅し、夕飯までの手持ち無沙汰な時間を、私はそれらのドラマを観ながら過ごした。
多くは90年代に一世を風靡した恋愛ドラマで、その主人公は大抵社会に出て働く男女だった。大人の恋愛事情はよくわからないものの、毎日毎日ドキドキしながら画面に釘付けになっていたことを覚えている。

当時のトレンドはオフィスラブだったのか、ドラマの舞台は企業の一室が多く、そこで働く彼ら彼女らの日常を面白おかしく描いていた。
男性はスーツ、女性はベストを基調とした制服。
一度制服を脱げば心躍る恋愛を繰り広げる彼らが、会社の中では没個性的な服を着て、特に女性はお茶を出すか大量の資料をコピーしているか噂話しかしていない。
こんなことを毎日ひたすらくり控えしているとしたら、OLと呼ばれる彼女達はなんてつまらないんだろう。小学生の頃の私はドラマを観ながらそんな感想を抱いていた。

つまらない仕事はイヤだ。意思を通してやりたい事を追った結果

同じ時期、父の勤める会社はバリバリのブラック企業だった。
朝早くに出かけて行って日付が変わる頃に帰って来るのは当たり前。
休みの日も寝てばかりで、何処かに遊びに連れて行ってもらった思い出なんてほとんどない。
会社に勤めるっていいことないんだな、幼い私はそう思った。

どうせ働くなら好きなことを仕事にしたい。
会社勤めはつまらなくて大変そう、幼心に刷り込まれていた私は自然とそういうふうに考えるようになっていた。
周りが医者やら先生やら何処そこの企業に勤めたいやら、地に足がついた就職先を将来の夢として口にする中、これから一生続けていくものなのによくそんなつまらなそうな夢を見るもんだと、呆れて見ていたものだ。

中高生になってもその想いは変わらない。
受験生になり、周りが就職に有利な学校や学部を志望校に据えるなかで、私はいつか役者になるんだからと呑気に構えていた。
両親から懇願されて進学した大学でも周りが就職活動に苦戦する中、劇団の養成所で芝居に明け暮れる毎日。企業に勤めてスーツを着る生活がどうしても思い描けなかった私は、周りが内定をもらう中、就職活動をしないまま卒業の日を迎えた。

卒業式の翌日は、劇団の昇格発表の日だった。
ポストに投函されているはずの合否発表を見るのが嫌で、友人と遊びに出かけた。発表を確認した同期がグループLINEで結果を報告し合うのをどうしてもチラチラと目で追ってしまう。見るに見かねた友人からさっさと帰るように促されて、早々に帰宅した。
ポストの中には既に合否通知が届いていた。
結果は不合格。
就職先もない私は、仕方なく学生時代のバイト先の出勤日数を増やした。
そして多くの役者志望がそうするように、いつか役者になれる日を夢見てフリーターと売れない役者の二足の草鞋を履いたのだった。

トレンディードラマの世界に入りたいと思う日が来るなんて

売れない役者なんて、ヘヴィーな趣味だ。
役者の仕事では全く食べていけないから、普通に社員と同じように週5で働くことになる。
制服を着て、頭を下げたくもない顧客にへいこらと媚を売る。
顧客からは理不尽に怒鳴られ、売り上げが芳しくないと上司に詰められる。
こんなの幼い頃になりたくないと思っていた大人そのままの姿だ。
むしろバイトだからなお状況は悪い。
それでも、私にはいつか役者になるという夢がある、この仕事は腰掛けだから……と興味も持てない業務内容も少ないお給料も目をつぶってきた。

でも、そんなごまかしも、歳をとる毎に効かなくなってきた。
周囲の目、友人の結婚や昇進、かさむ出費。
流石に20代後半になって、自分が役者ではなく肩書きのないフリーターであるということに薄々気づきはじめた。
俄然将来が不安になり、就職したい!!と思うようになる。
じゃあ、手っ取り早く今のバイト先に勤めたら?と思う方もいらっしゃるだろう。勤め先は悪いところばかりが目につき、社員としてこの会社に入りたいとは到底思えない。
接客や営業が壊滅的に向かないことは理解できたから、なるだけ人と関わらない仕事がしたい。顧客対応なんて殆どないところがいい。
そうやっていくと、スキルもない三十路目前が目指せる業種なんて事務職くらいのものだ。気づけばあんなになりたくないと思っていたOLになりたいと思っている自分がいる。

コロナ禍で対面業務を避けたい層は増えているらしい。
求人に応募しても応募しても梨の礫だ。
私が転職できそうな目処は一向に立たない。
それでも、心は既にここにはなくて、「どうせ辞めるし」という言葉が常に呪文のように頭の中で回っている。
コロナで厳しくなった集客を、顧客対応の良さでなんとかしよう、高い目標を持ちましょう!と毎日毎日朝礼で繰り返す役職者を馬鹿なんじゃないかな、と冷めた目で見てしまう。自分を神様と信じて疑わない顧客相手に真摯に対応することを、この人達はよくも続けていられるものだと思ってしまう。

楽な仕事なんてない、仕事は楽しいものじゃない。
そういうお叱りの声がいくらも聞こえてくることはわかっている。
それでも私はこの仕事が腰掛けにしか思えなくて、他に自分に向いた仕事がある気がして、今日も求人サイトを眺める手を止められないでいる。