私は昔声優になりたかった。テレビアニメが好きだったし声を出すことが好きだったからだ。

私程度の努力では、声優や役者で食べていけるようになれなかった

高校では演劇部に入って、卒業後は声優コースのある専門学校に入学した。劇団の監督や現役の声優を務める先生から教えを乞い、名前を売るために地方のミスコンのオーディションなんかも受けた。毎週片道2時間かけてご当地ゆるキャラの中の人をさせてもらいに行ったりもした。
専門学校を卒業してからは上京して養成所に入った。毎日筋トレや舞台の稽古に励み、そこから学んだことを活かしてアテレコの練習をした。台本に書かれた「おはよう」の言い方が違う、と何回もリテイクをされて、いろいろな「おはよう」を演じたりした。結局何が違うのかはよくわからなかった。
その後は劇団に入って小劇場の舞台に立ったりもした。一回の公演につきチケットを売るノルマがあり、SNSで知り合った人たちに頼み込んで買ってもらった。たまに面白かったから次回も行くねと優しい言葉をくれる人もいた。
演技の仕事だけでは東京での一人暮らしはやっていけず、たくさんのアルバイトを経験した。カレー屋、コールセンター、居酒屋、物流倉庫、着ぐるみアクター、はがきの検品。友達にはガールズバーでがっぽり稼ぐ子もいた。
そうした生活を4~5年かけて分かったのは、声優や役者だけで食べていけるようになれるのは莫大な運と才能があるごくわずかな人たちだけで、私程度の努力ではなれることはないということだった。

逃げるように正社員を辞めて、派遣に。モブとして生きています

声優という夢を追うのをやめてからは、たくさん稼げるようになろうと決意した。

まずは専門卒というハンデを何とかしようと国家資格の勉強をして、就職活動では必死に資格のアピールをしてなんとか正社員として不動産系の会社に入社した。入社して半年もたつと通常業務以外にも新プロジェクトに携わらせてもらったりと色んなことをさせてもらえた。
充実していると感じていたが、2年目の秋ごろから帰宅後涙が止まらなくなったり週末に体が起き上がらなくなったりご飯が食べられなくなったりした。何故だかわからなかったが、このままではだめになると思って逃げるように辞めた。

今は派遣社員として経理の仕事についている。

こうして私は結局何者にもなれなかった。
この世界の物語で言ったらただのモブだろう。

ほどほどに頑張れてほどほどに安定するところを探すのが一番いい

じゃあこの何者でもないモブの自分に満足していないかと言われるとそうでもない。趣味もあって、婚約者もいて、暮らすのに申し分ないお給料をもらえて、ご飯もおいしく食べられる。

なってみたらなってみたでモブも案外悪くない。

夢を追いかけていた時期はモブになったらだめだと思っていた。キラキラ輝く目立つ成功者たちに憧れて、あの人たちになりたい!とがむしゃらにもがいていた。
仕事や職業で何者かになるのは大変なことなのだ。そして生活の基盤となるための仕事で頑張りすぎてしまうとその上に何も積めなくなる。ほどほどに頑張れてほどほどに安定するところを探すのが一番いいのではないか。

勿論夢を追いかけていたあの頃の自分が悪いとは思わない。あのまま頑張り続けたらモブ以外の何者かになれたのかもしれない。でも後悔もしていない。私はもう仕事で無理に分不相応に頑張りたくはない。

もしこれを読んだあなたが「夢に破れたモブの言い訳か」と思うのならそれで合っている。
あなたはまだ夢に仕事に頑張れる人なのだろう。応援しています。