こっそり陰から見たその人は、「大人の女性」のお手本のような人だった。
私はその人とは正反対だ。憎くても憧れてしまうんだろう。一瞬見てそう悟った。

怒られてばかりの私をいつも励ましてくれる、優しさの塊みたいな先輩

20歳になってからレストランのアルバイトを始めた。私は一応大人だったが、そこらへんにいる普通の女子大生であり、職場では一番年下だった。

年齢層が高めの周りの社員さんから見れば、まだまだ子どもに見えるのも納得だ。たくさんの人から教えてもらえる環境だったが、バイトに行くたび料理長からは怒鳴られた。知らないことが多すぎるのは自覚していたし、年下ポジションに甘えている自分に苛立った。

そんな時には必ず私を励ましてくれる、優しさの塊みたいな歳の近い先輩がいた。
「十分頑張っているよ」「陰では料理長も褒めていたから大丈夫」
短い言葉で誰にも気づかれないようにそっとささやくその言葉が、いつも心に響いた。

これもまあ甘い言葉だが、他の人のように良い人アピールを見せびらかすのではなくて、いつもちょうどいい言葉をこっそりくれるその人に、すぐに惹かれてしまった。
恋とは呼べないほどの気持ちだったかもしれないが、あまりにも単純すぎる。まるで漫画の世界だと自分でも思った。

美人オーラが漂う彼女は誰が見ても好印象で、格好よく、素敵な人

しばらくして彼が仕事を辞めることになった。

寂しかった。これからやっていけるのだろうか?
そんなことを考えていると、周りに他の従業員がいる中で涙が出た。本当に私はまだまだ未熟だ。感情がすぐに出てしまう。頼ってしまって大人のさっぱりした付き合いもできない。

彼と働ける日を指折り数えて出勤する中で、私にとって忘れられない日があった。
その日、彼の彼女が来店した。なんとなく噂は聞いていたが、本当に彼女が存在していることをその日初めて知った。厨房から彼が出て、挨拶をしにいく。私はそっと目で追った。

さらさらとした生地の上品なワンピースに麦わら帽子。メイクは控えめだがロングの髪がつやつやしていて、美人オーラが漂っていた。
その女性と彼の会話の雰囲気はもう「完全オリジナル」としか言えないくらい独特で、幸せそうで、見ていられなくなって、すぐに仕事に集中しているふりをした。

ああ、大人の女性だ。落ち着いていて上品で。きっと「ふふふ」って感じで笑うんだろう。
食事中に麦わら帽子を被ったままなのは少しむかつくけど、雰囲気からは想像がつかない自分の芯の強さがあるのかもしれない。誰が見ても絶対好印象だよなぁ。

妄想が止まらなかった。いくら想像力を働かせても、良い方にしか想像できなかった。
それくらい格好よく、素敵な人だった。

お手本通りじゃなくてもいい。私らしい大人をやってみよう

未熟な私とほぼ完璧な大人の彼女。
悔しさ、憧れ、納得。
感情ジェットコースターが動くこともないまま、一気に全てを受け入れた。

私も大人になりたい。それは嘘じゃない。
でも私はお手本通りじゃなくてもいいかな。私には少し涼しすぎる。

小学生の時の漢字ドリルをなぞるときも、下の薄い線が窮屈だった。
一生懸命なぞっても、結局薄い線がない字が評価されるわけで、要所要所があっていれば丸がもらえた。

助けてくれる環境でも、絶対に感謝の気持ちを忘れないようにしよう。
感情ジェットコースターは廃止させないで、人間らしさを武器にしてもいいかもしれない。
夢見る心も忘れないで、私を認めてくれる人と恋をしよう。
そうやって大人をやってみようと思った。

恋敵とも言えるかもしれないその女性に会えて、私は今感謝している。
お手本を知らなければ、その文字を自分で書くことができないから。
自分の書く字を好きになって、いつかお互いの字に花丸をつけられる人を見つけ出そうと思う。