「どんなに楽しかった両想いの記憶も、叶わなかった片想いの記憶の美しさには勝てない」
ふと、そんなふうに感じる時がある。
なんていじらしい。叶わなかった片想いの思い出
今の恋愛に満足していないわけでもなければ、これまで付き合ったいわゆる元カレたちに嫌悪の記憶があるわけでもない。でも、時々、叶わなかった片想いの美しい記憶には、太刀打ちできないな、と感じる時がある。
その最たる日がバレンタインデー。
私は、昔から好きな人に「本命チョコ」を堂々と渡せないタイプだった。
小学生の頃、好きな人はいたけれど、友人がその人のことを好きだと言えば、私はその気持ちをなかったことにするように、飲み込んだ。
バレンタインデーは「勇気が出ない」という友人の背中を押すためだとか何かと理由をつけて、彼の家まで付き添い、何かと言い訳をしながら、「友チョコ」を渡した。
友人には内緒だったけれど、もちろん彼に渡した「友チョコ」は、一番上手に作れたもの。
なんて、いじらしいんだろう。
3年以上も片想い。その理由は「別れ」で記憶を汚したくなかったから
そんな風に隠すからなのか、分からないが、一途な片想いは割と多かった。
例えば、中高合わせると3年以上も片想いをし続けた人がいる。
もちろんその彼にも、「本命チョコ」を隠して、他の友人と同じ「友チョコ」を好きな人に渡していた(どのくらい、それが「本命」ではないと偽ることができていたかは、定かではないけれど)。
それは多分、当時は「付き合う」ということに、今ひとつ合点がいっていなかったせいでもある。中高の恋愛なんて、付き合っても「別れ」がつきもので、その記憶をいかに汚くしないかが、私には重要だった。
できることなら、汚れる可能性がある「別れ」を経験しないために、思いを伝えて付き合うこともしたくなかった。
自分の心の中の宝箱に入れる大切な「綺麗な思い出」を少しでも汚したくなかったから。
告白され、お付き合い。今思えば彼の「好き」を本命隠しに利用した
そうして「友チョコ」を渡し続けた結果、「本命」隠し用の「友チョコ」にも引っ掛からなかった男の子から、バレンタインデー当日に告白されたことがある。
彼なりの焦りだったのかもしれない。
私は「好きだ」と言われ続ければ、「好き」になるかもしれない、というよく分からない理由から、彼と3ヶ月ほど付き合った。
でも、今だから素直にいうと、私は愚かにもその彼の「好き」という気持ちを本命隠しに利用したかったのだと思う。
結局、逆バレンタインをしてくれた彼と付き合って、別れても宝箱に入ったのは、3年間思い続けた彼への片想いだけ。
こと恋愛に関しては、なんて打算的で、不誠実な人間だったんだろう、とバレンタインを迎えるたびにビターな気持ちになる。
ただ、全て「今思えば」。
その当時はその相手に全力で、相手に好かれようと必死だった。
「今思えば」、この不誠実さは誰かから愛されていいのだ、と思えるほど、私自身が私を愛してあげられていなかったからなんじゃないか、と思う。
愛されるほどの自信がないから、付き合っても、何かと理由を付けて簡単に別れることができた。
片想いの記憶ばかりが美化されるのは、その時の自分の不誠実さと向き合わなくて済むからなんだろうなと思う。
でもこれも全て、「今思えば」なんだけれど。