彼女と出会ったのは、7年前の羽田空港。大学の夏期留学プログラムで、ニュージーランドへ行く日だった。
プログラム参加者が出発ロビーに集まっていた。参加者同士で親し気に話す人もいたが、人見知りな私は、集団の後ろのほうに並び、初めての海外への不安と期待を噛み締めていた。

「海外、初めて?」と話しかけてくれた彼女とすぐに意気投合

「〇〇プログラムの参加者の人、点呼します」
そう言って、私のほうに近づいてきたのが、彼女だった。プログラムのリーダー的なポジションらしく、快活なショートヘアがよく似合う、通る声の持ち主だった。
点呼が無事終わり、保安検査場へ向かう途中、「海外、初めて?」と話しかけてくれた。私が頷くと、彼女は「うちも!」と笑った。そこから、彼女のフレンドリーさと話術のおかげで、私たちは意気投合し、ニュージーランドまでの道中ずっと一緒にいた。

ホームステイ先も、運よく私たちは近かった。毎朝、同じバスで語学学校まで通った。
8月のニュージーランドの朝は凍える寒さだったが、彼女と通学する時間が楽しくて、早起きも苦じゃなかった。学校ではお昼になれば、一緒にカップ麺を食べて、生のりんごにかぶりついた。
放課後は、一緒に街中を歩きまわった。行動力のある彼女は、いつも私をリードしてくれた。美術館、博物館、ショッピングモール、丘、海、スーパーマーケット、山、動物園、洞窟……。毎日が探検で、見るものすべてが新しかった。そんな刺激的な日々を共有していた私たちは一気に仲良くなった。

性格が真逆でお互いに憧れ、認め合える貴重な関係

彼女と私は真逆だった。彼女は明るくて行動派で感情で動くタイプ。私は、大人しく慎重派で理屈っぽいタイプ。
彼女の素直で、心の思うままに生きている姿に私は憧れた。もちろん、その愚直さで失敗することもあるけれど、後先考えずに失敗できるのがまた魅力的に思えた。
一方、彼女は彼女で、私みたいになりたいと言った。私みたいに感情をコントロールして、リスクヘッジできるのが羨ましいとのことだった。

知らない土地で出会った私たちは、普段の会話ではなかなかしないような熱っぽい話もたくさんした。どんな仕事に就きたいか、将来何をしたいか、どうなりたいか、どうあるべきと考えるか。
性格は真逆な私たちだったが、ビジョンは共通する部分が多かった。マイノリティーへの差別・偏見意識への怒り、画一的な社会への反抗心、世の中を変えたいという思い。そして、その手段として報道記者になりたいということ。
互いの心のうちを恥ずかし気もなく曝け出し、認め合える関係は私にとって、本当に貴重だった。

See you in the future. 彼女とハグし、魔法は解けた

そんな濃密な時間は、あっという間に終わりを告げた。
帰国の日、空港で「See you in the futureって寂しい言葉だね」と涙を流す彼女をハグした。そこで、魔法は解けてしまったのかもしれない。
日本に戻ってきてしばらくは一緒に食事に行ったりしたが、交友関係も、行動範囲も異なる私たちは自然と距離が開いていった。

そして、時は流れ、卒業の時期になった。
彼女のSNSからは、彼女が第一希望にしていた報道機関から内定をもらったという報告があった。それを見て、私は、「やっぱりな」と思った。
正義感が強く、真っ直ぐな彼女だったら、よい記者になる未来が容易に想像できた。
一方、私は、就職活動で苦戦し、希望する職種で働くことは叶わなかった。同じ大学という唯一の接点もなくなり、その後も一切連絡をとることはなかった。
彼女が今、どこで何をしているかはわからない。

人生のステージが進んだ今、彼女はどんなことを考えているのだろう

もし、今、彼女に会えたなら、大人になった彼女の考えや悩みを聞いてみたい。私にないものをすべてもっている人だから、人生のステージが進んだ今、どんなことを考えているのだろうと気になる。

私たちはいわゆるアラサーになった。
仕事、恋愛、友人関係、結婚、生き方、いろんなことが変化する時期。私自身、悩みが尽きず、若いときの自分に謝りたくなるような気持ちになる日もある。
そんなとき、ふと彼女の純粋な目を思い出す。彼女だったら、どう考えるのだろう、と。心のどこかにいるもう一人の自分と彼女を重ね合わせているのかもしれない。
憧れであり、反面教師であり、尊敬できる人。きっと二度と会うことはないけれど、私の思考軸に今でも影響を与えてくれている。そして、これからもたまに心のなかに現れて、ときには叱ってくれるのだろうと思う。
ありがとう。