他人を尊重することと、セールストークの境目はどこか。
私がアルバイトした神社での経験が、仕事について私が一番深く考えるきっかけとなりました。
このエッセイには、2つの注意事項があります。神社特有の言葉を使うことと、子供と夫婦という繊細なテーマを扱うことです。
まず言葉は、神社はお店ではないので、このエッセイでは「売る」の代わりに「お授けする」、「買う」の代わりに「お受けする」と言い換えております。
テーマについては、このエッセイは私が神社で子供を授かりたいご夫婦にお守りをお授けした思い出の話であり、夫婦や子供について意見するものではないということを先に書いておきます。
子授けのお守りは夫婦二人で持つことを勧めた神主さんに感銘を受けた
仕事について私が考えるきっかけとなったのは、神主さんが参拝者の方にかけた言葉です。私が初めて巫女のバイトのシフトに入った日のことでした。
厄除け、合格、交通安全のお守りの他に、子授けのお守りをカウンターに並べながら、子授けのお守りって何だか古いなぁ、神社も昭和な価値観だったら嫌だなぁ、と私は感じたのですが、この印象は神主さんのひとことで逆転しました。
子授けのお守りを奥さんだけがお受けしようとしたご夫婦に対して、神主さんは、
「子授けのお守りは、夫婦おふたりでお持ちになってはいかがでしょうか。子供は夫婦で授かるものですから」
という神主さんの勧めによって、そのご夫婦は、2つお守りをお受けになりました。
神主さんの言葉、素敵だなぁ、と私は素直に感じました。
子供に関わる問題は、女性だけのものにされがちです。ですが、夫婦でお守りを持つことをおすすめするということは、男女平等の考え方を持つ職場なんですね!素敵な神社に勤められてよかった!と私は思ったのです。
「尊重する」と勝手に思い込んだ私がやってしまったのは押し売りだ
神社のアルバイトをするうちに、神主さん以外の巫女の先輩も、夫婦揃ってお守りを持つことを勧めていたので、夫婦で改めて子供について考えるきっかけになるし、この勧め方は子供を持ちたい女性を尊重するものなのだと私は考えるようになりました。
そんな風に、セールストークを素敵なものだと勝手に思い込んでいたのです。恥ずかしながら。
そんなわけで、奥さんだけお受けになったご夫婦の方に対して、しつこくお二人でお守りを持つように私は言ってしまったのです。
ご夫婦同時にシフトに入っていた巫女の先輩さんに、そっとたしなめられました。
「あれね、セールストークだから無理に押し付けちゃダメよ」
子供は夫婦で授かるものだから、夫婦でお守りを持つべき、という考え方は女性だけに負担を押し付けないという点で良いものといえます。
しかし、お金と引き換えにお授けする以上、お守りは売り物なのです。私は参拝者の方を尊重するどころか、押し売りをやってしまったのでした。
夫婦の数だけの考え方がある。仕事と誠実に関わろうと思えたキッカケ
それ以上に、夫婦で子供を授かることは、夫婦の数だけの考え方があります。夫婦2人でお守りを持つという神社の考え方だけが正しいのではなく、奥様だけ、もしくは旦那様だけが子授けのお守りをお受けすることも正しいのです。子供を持ちたいと願いつつも、子授けのお守りを手に入れないことも。
幸いにも、私がお守りをお授けしたのはご夫婦だけでしたが、もしも、女性1人で子供を持つことを決意された方に「夫婦2人でお守りをお受けする」ことを勧めてしまっていたら。
私は参拝者の方々を尊重するつもりで、かえって傷つけてしまうことに気づき、背筋が冷えました。
自分の仕事がきちんと誰かを尊重できているか、配慮のないセールストークになっていないか。
可能な限りそれを意識し、仕事と誠実に関わろう、と決意するきっかけとなった経験でした。