私が今欲しいものは、私の彼氏が欲しがっているロシアの映画に出てくるグッズだ。つまりはロシアとウクライナの戦争が終わり、平和が戻ってくることだ。

このエッセイでは、ロシアの物を買えなかったことを扱うが、戦争でウクライナの市民を傷つけた以上、ロシアは間違っていると私は考えている。

ウクライナを脅すだけ、変わらない平和が続くと思い込みたかった

2月24日を境に、画面の向こう側は一変した。
それまでは、テレビはロシアがウクライナとの国境に山ほど軍隊を集めているらしい、と言っているけれど、世界を納得させられる戦争の理由なんてあるはずはない。だから、これだけでも恐ろしいことだけれど、ロシアはウクライナを脅すだけだろうな、と私は楽観していた。北京オリンピックが2月20日に終わってすぐに戦争が始まると言っていた人もいたけど、ロシア軍が撤退を始めた、みたいなニュースもあるし。

昨日と変わらない平和が続くと、そう思い込みたかったのだと思う。
戦争が起きるかもしれない、と2021年の年末から言っている人が個人的に信頼できると考えていたインフルエンサーだったとしても。多分、戦争が起きると言っている人ばかりをフォローして、自分は物騒なエコーチェンバーを作ってしまっただけだと、自分に言い聞かせて。
だが、彼らの悲しい予測は、残念なことに的中してしまった。旅行できない現実の気晴らしのため、猫や乗り物の写真を眺めていたTwitterでは、残酷な戦場の様子が流れだした。同時に、悲しみと怒りをあらわにするつぶやきがあふれ返った。

つらい現状から目をそらすため、Twitterもテレビも消した

Twitter上の声など気にもしていないのだろう。戦争は終わる気配をみせない。
地球の裏側をただ見つめることしかできず、戦争を止める力もない一市民でしかないことをTwitterに突きつけられ、しんどくなって私はTwitterをログアウトした。

第3次世界大戦につながるかもしれない、と考える人がいるくらいの戦争が起きていることは、本当に怖い。
世界中で紛争が絶えないことは知っているから、ウクライナとロシアの戦争だけを特別扱いして、他の紛争で苦しんでいる人々を無視するかのように振る舞うのも間違いだとは思うけれど、テレビとTwitterで戦争が起きたこと、苦しむ人々が新たに生まれてしまったことを突きつけられるのが、ただひたすらに怖くて、悲しくて、何もできない自分がやりきれなかった。
けれど、まだテレビの電源を消し、Twitterをログアウトすれば目をそらすことができる画面の向こう側のことだと思っていた。
しかし、戦争は身近なところに影響を及ぼしていた。

欲しいものはロシアから発送予定のグッズ、戦争のせいで手に入らない

私の彼氏の欲しいものが、戦争のせいで手に入らなくなってしまったのだ。ロシアの映画に出てくるグッズだ。
それはロシアから発送されるものだった。だから、戦争のせいでロシアと日本をつなぐ国際宅配便システムが止まってしまい、ロシアからグッズを取り寄せられなくなってしまったのである。

繰り返すが、ロシアがウクライナを侵略して、罪のない人々を傷つけていることは全くもって正しくないと私は思う。私はロシアの物が欲しいけれど、戦争を起こしたロシアは間違っていると考えている。

映画のグッズを取り寄せられなかったことは、現在進行形で戦禍によって傷つき、悲しんでいる人々に比べればほんの少しの痛みでしかない。だとしても、私と彼氏が楽しい時間を過ごした映画が、戦争のせいで作った人の国籍が気になって素直に楽しめないものになったことも確かなことなのだ。大小の違いこそあれ、戦争は悲しみしか生まないと私は思う。
誰もが安心できて、誰が作ったかなんて気にせずに映画の内容だけを楽しめて、好きなものを手に入れることができる平和が、いま私が一番欲しいものだ。