私にとって仕事は、なくてはならないものであるため、必死にしがみついて依存している。
根本的に、仕事がないと家賃が払えず家に住むこともできない。もちろんごはんも食べられない。

金銭的な理由以外にも、人前に出る仕事でも、華やかな仕事でもない裏方の事務の仕事ですらこなせないのかと、嘲笑われるのが怖くて、仕事をしている痕跡を残そうとしているのだ。

仕事をするために生きている。週末は、平日の仕事に備えて充電する

業務内容は楽しいと思って働いているが、仕事がなくなってしまうと自分の存在理由がなくなってしまうのが怖くて、今は仕事をするために生きている。
そして月曜日から始まる仕事に備えて週末を過ごしている。平日に備えて充電しているのだ。

決して仕事と健全な関係を築けていないことは分かっていて、抜け出したいのだが、目の前の仕事量を見て、しばらく無理そうだと諦めている。

去年の4月に部署異動して、業務内容が変わって、不慣れなことに加えて単純に仕事量が増えた。
チームに余裕がある人はいないので、全体の仕事量に対して、人的リソースが足りないという問題があることは明白であるし、マネジメント側も理解している。チーム内で、仕事を楽しいと胸を張って言っている今のチームメンバーだから、激務も一緒に乗り越えられている気がする。

仕事上での自分の存在意義についてだが、アウトプットが出せていないことで、関係部署から担当のチェンジを言い渡されることが怖い。

自分以外にもっと上手く仕事を回せる人がいることも分かっている。
他の人がもっと時短でできるているタスクに時間をかけすぎていることなど、経験不足で何が正しいのか分からない手探り状態でやっていることもまだまだ多く、至らないことばかりで、反省の毎日だ。

自分の時間を削ってまで働く必要はない。先輩の言葉に涙がにじんだ

今のところ身体も健康で、お給料をいただきながら、経験を積ませてもらっている最高の状態だと考えている。
そして、仕事にだけ集中していられるのは、独身で子どももおらず、両親や祖父母の介護をする必要のない今だけだと思っている。

コロナ禍の出社では、昼休みに同じチームの同僚と話す時間も減ってしまった。
先日、先輩と1対1でゆっくり話す機会があったときに、今の働き方について質問された。
仕事が終わらなくて、平日は仕事しかしていませんと答えた。
「自分の時間を削ってまで、働く必要はない。終わらないなら、何か問題があるから上司に相談するべきだ」
これを先輩に言われたとき、涙がにじんだ。

やっても終わらない仕事量は、自分の要領の悪さに問題があると考えていた。
私は「できていない自分が悪い」と内側を責める傾向があるので、新しい視点にはっとしたと同時に、先輩に心配をかけてたことを申し訳なく思った。

人生を充実させるために仕事をしている、と言えるようになりたい

私にとっての理想の働き方は、ワークライフバランスを取ることだ。
短期集中型で、朝は自分のために時間を使い、残業をしても1時間半程度で、毎日夜ご飯を作り、バスタイムを楽しむ余裕を持ち、平日も趣味の時間を取れるような生活を送りたい。

そして、週末を楽しむために平日働きたい。
人生を充実させるために仕事をしていると言えるようになりたい。