後輩のあの子は、両親、弟、妹の5人家族。一人暮らしの後輩を心配して、母親からメッセージ付きの仕送り段ボールが送られる。弟・妹は、後輩宅に度々お泊まりをしている。家族のグループLINEがあり、昨日実家で催された「たこ焼きパーティ」の写真や、数多く余ったたこ焼きを次の日の弁当に入れたこと等、たわいの無い会話が続く。家族皆、後輩のことが大好きだし、後輩も家族のことが大好きだ。
このように家族から愛されている人を見ると、羨ましさと、モヤモヤした感情が浮かぶ。
昨年プロポーズをしてくれた元彼も、家族から愛されている人だった。
元彼の実家に呼ばれる機会も多く、その度にご両親は温かく出迎えてくれた。泊まった日には、夕食やお風呂の準備はもちろん、翌日朝には、出勤前の私に、お昼のお弁当まで作って渡してくれた。元彼のお母さんの趣味は家庭菜園だった。無農薬で育てた野菜は、新鮮で甘い味がした。
なかなか里帰り出来ない私に、「本当の母親のように甘えてくれていいのよ」と笑顔で言ってくれた。いつも笑顔で、優しくて、温かいご両親だった。
その親切が辛かった。
こんなに親切にしてくれるのに、私は何も返すことが出来ない。気遣いが出来るタイプではないし、愛嬌があるタイプでもない。鈍臭くて、根暗な私は、元彼の実家にいることでプラスになる存在では無い、という劣等感があった。それなのに、温かく接してくれることが疑問で、不気味にさえ感じた。
温かい家庭で育った彼は温厚でポジティブ。プロポーズに一度は頷いた
そのような温かい家庭で育ったからか、元彼は温厚な性格で、何事にもポジティブだった。楽しみにしていた旅行で大雨が降っても、「降っちゃったねぇ」とにっこり笑う人だった。元彼から悪口や愚痴の話を聞いたことが無い。いつも機嫌が良い人だった。
会社、社会人サークルでも人望が厚く、先輩、後輩、地元の友達に慕われていたし、「あいつは本当にまっすぐで、いい奴だよ」と太鼓判を押されていた。そんな彼氏が大好きだった。
プロポーズされて、一度は頷いた。しかしどうしても結婚後の生活が想像出来ず、昨年春に婚約破棄した。
元彼自身が当たり前に思っている、「友達家族と集まってキャンプに行く」「元彼の両親と、まるで本当の親子のように仲良くなる」ような和気あいあいとした生活は、いくら頑張っても、私には出来ないから。
初めて元彼が泣いている姿を見た。私も泣いた。もっと明るい子になれたらなぁ、ごめんねぇ、とつくづく思った。
私の両親は共にうつ病患者。金銭面での喧嘩が耐えなくて
話は変わって、私の家族を紹介する。両親と私の3人家族であり、両親共に、うつ病患者である。幼稚園までは、近所の河原でバーベキューをしたり、海水浴に行ったりした記憶がある。
6歳頃になると、状況が変わった。母親がうつ病を発症し、廃人のようになった。父親は、仕事と家庭のストレスで、毎日イライラしていて、帰宅するとすぐに自室に篭った。夫婦が揃うと、主に金銭面についての喧嘩が絶えなかった。私のことはほったらかしで、それぞれが自分中心だった。少しでも物音を立てたり、テレビを見て笑い声を上げると、父親から「うるさい」と叱られた。家の中はいつも暗く、静かだった。
18歳で家を出て、丸9年経ってから気づいた。もっと家族から愛されたかった。
満たされている人には、満たされていない人の気持ちがわからない
後輩然り、元彼然り、家族から愛されて育った人が羨ましいと同時に、心の奥底で嫌悪を感じてしまう。すでに満たされている人には、満たされていない人の気持ちが分からない。「家族仲が良くて当たり前」と思っている人とは、この先もきっと分かり合えない。価値観が根本から異なるのだ。
もし元彼とあのまま結婚していたら、きっと「それなりに」幸せな生活は送れたと思う。しかしどこかパズルがはまらないような、妙な違和感は一生つきまとっていた。元彼は優しい人だから、そんな私に気づいて、一生懸命私に合わせて、ずっと尽くしてくれたと思う。
だけど、私に合わせるがあまり、我慢する元彼を見たくなかった。だから、別れたことに後悔はしていない。
その後元彼は、友達の紹介で知り合った人と付き合い、今年6月に入籍予定だと聞いた。新しい彼女は、男勝りで、少しわがままで、底抜けに明るい人らしい。正直、ほっとした。
きっと元彼は、自分らしさを見失うことなく、ずっと笑顔で過ごせる相手を選んだのだ。
心から、おめでとう。ずっと、幸せにね。