大学生のアルバイト。お金を稼ぐためというのが第一の理由だけれど、それ以外の理由もある。

「いらっしゃいませ」
自動ドアが開き、入ってきたお客様に声をかける。ウィーンと音がする度、何度も何度も。それを繰り返す。続けること6時間。
夏休みの間、私は短期で接客業のアルバイトに従事していた。店頭に立ち、お客様に売りたい商品をおすすめするという仕事。

時給は相場よりも少し高めの1400円。1日で9000円弱稼げる。塾講師のアルバイト以外だったら、大学生にしては割が良い。
だが、私がこのアルバイトをしたのは時給の高さ以外の理由だった。もちろん、きっかけは時給だったのだけれども。
なんとなく、挑戦してみたいと思ったのだ。やったことのないアルバイトをすることで、自らの知らない扉を開きたかった。

「笑顔が硬い」と言われたけれど、とにかくチャレンジしたかった

私はその接客業とは別に、レストランでアルバイトをしている。社員さんの指示通りにお客様のもとへ料理を出し、下げる。そこに会話は殆どない。
「オマール海老のスープです」
「食器をお下げします」
「ありがとうございました」
精々これ位である。楽だけれども、正直言って単調でつまらない。お客様からありがとうと言われることは嬉しいし、代わり映えのしないアルバイトというのはお金を稼ぐことを第一目標にしているのならばいいことだ。

何か別のアルバイトをしたいと思うのも当然のことだろう。
「学生歓迎、週1回以上、時給1300円以上、最寄り駅:○○、3ヶ月以内」
サーチエンジンに打ち込み、出てきた結果をザッピングしていく。
これはいい。これは駄目。これは面白そう。そうやって見ているときに出会ったのが、冒頭の短期の接客業のアルバイトである。

「接客業ってやったことないな」
レストランもお客様と接するという点では接客なのだが、売りたい商品の魅力をお客様に伝え、買ってもらうという体験をしたことがなかった。しかも時給もいい。
私はすぐさまその会社へ申し込み、面接へ向かった。担当者は根元の方だけ黒っぽくなった、茶色の髪を引っ詰めた人だった。
「笑顔が硬いわ」と言われたのも初めてだ。「そんなので接客業できるの?」と言われたけれど、「できます!」と言って、私のアルバイトは始まった。

接客に向いているかもしれない。挑戦したことで気づいた可能性

初めての販売業務は中々に難しかった。声をかけるタイミングが早すぎてもいけないし、遅すぎてもいけない。様子を窺っているうちにお客様が帰ってしまうことも何度かあって、周りの人の当たりのきつさから、最初の頃はやる気がないと思われていたと思う。

それでも先輩たちをまねて、声をかけていくうちに、そこそこ様になっていった(と思う)。お客様の困り事を、商品の提案で解決する。それで喜んでもらうという体験は私にとって未知のものであると同時に、接客業の喜びを教えてくれた。

そうこうして最終日の頃には、一緒に働いていた人とも打ち解けながら、仕事ができていたし、ある程度声をかけて、売りたいものを売れるようになっていた。
接客業、向いているかも?なんて調子のっていたりもした。最初は接客向いてないかも?なんて言っていたりしたくせに。

貸与されたエプロンを返却しながら、大学生にとって一番身近な働くということ、つまりアルバイトは、自らの新しい可能性に気付かせてくれるものでもあるかもしれないと思った。