寝坊助をした朝。
台所からはいつもトントントントン、と高めの木の音が奏でられる。
木のまな板を愛用していた実家の台所の音は賑やかだった。
トントントントン、野菜を刻む木の優しい音。
ボコボコボコ、鍋が逞しく煮えたぎる音。
カチャカチャカチャと食器を出す忙しい音。
あの頃は朝からうるさいなぁと思っていたが、今では恋しい朝の音。
実家を離れて何年も経ち、あの音はめっきり聞いていない。
年配になった両親はもうあの木のまな板は使っていないらしい。
今は滑り止めつきの、プラスチックまな板に変えたらしい。
使いやすくて、塩素消毒もできると電話越しに報告を受け、あの音はもう聞けないのかとちょっぴり切なくなる。
私も一人暮らし歴は長いのでずっとプラスチックのまな板だ。
色移りしてしまうが、スプレー消毒でよく落ちるし、衛生的なのでもうずっとこのまな板だ。
自分で木のまな板の音を奏でるために、まな板探しがスタート
そんなことを考えながら料理動画を見ながらぼんやりしていると、ふいに懐かしい音が画面から聞こえてきたので、ハッとした。
動画投稿者は木のまな板を使って料理動画を紹介していたのだ。
そうか、聞けないのなら、自分であの音を奏でてしまえばいいのか。
それから私は木のまな板をずっと探している。
ホームセンター、雑貨屋さん、ネットで探してみても色々ありすぎて悩む。
どうせ買うなら、少し良いものを買いたいとおもうのだが、木のまな板ひとつとっても様々で、実に悩ましい。
木の種類だけでも、ヒバや檜(ひのき)、白樺(しらかば)と色々だ。
私が重要視しているのは、切った時の音と包丁との相性なので、こればかりは買って切ってみないとわからないので博打に近い。
値段もピンキリで、2、3千円で買えるものもあれば、数万円するものもある。
伝統工芸品に近いものだとそれなりにするようである。
ちなみに私の地元青森の物産展に行くと、真っ赤な林檎の隣で、ヒバのまな板を7千円から売っていたりするので、本当はそれを買って地元に貢献するべきかもしれない。
とにもかくにも3月末の自分の誕生日までにはなんとか決めて、下ろしたてのピカピカのまな板を新年度から気持ちよく使いたい。
春夏秋冬、旬の野菜で木のまな板は大活躍
寝ても覚めてもうっとりと木のまな板のことばかり。
あの艶やかで均一ではない世界でたった一枚だけの木のまな板を我が家に迎えられたらどんなに嬉しいだろうか。
早く料理したくなるはずに違いない……。
生唾が湧水のごとく湧いてくる。
春になったら、道の駅に行って山菜を刻みたいし、夏になれば新鮮なサラダを作りたい。
秋は芋やカボチャでお菓子作りしたい。
秋色のオレンジや紫も、さぞ木のまな板に映える。
冬はふんだんに野菜を取り入れるので1年を通して大活躍に違いない。
野菜を細かくサイコロ状にしたチョップドサラダもいいな。
サラダの具はトマトにアボカド、サーモン。
ドレッシングはすりおろし玉ねぎか、わさび醤油で……。
私の今いちばんほしいもの。
理想のまな板に出会う旅は、まだとうぶんは終わりそうにない。