友達に「ぶっ飛んでる」と言われていたのに、コロナを機にインドア派に

いつから私はこんなにインドア派になったのだろう。コロナだから?仕事が忙しいから?

今までの自分は休日は朝から遊びに出かけたり、一人でふらっと旅に出ていた。
ある時は思い立ってすぐに関東からそう遠く無い無人島まで一人で行ったり、何も考えず新宿駅で電車に乗りその終点まで行ってみたり。周りの友達にはよく「破天荒」や「ぶっ飛んでる」と言われていた。

やはり考えてみるとそれはコロナウイルスが蔓延する前の学生時代だった。
社会人になり、ニ年目の春突然得体の知れないウイルスがパンデミックを起こした。それからは二ヶ月間自宅から一歩も出ずリモートワーク。久々に自宅から出ても近くのスーパーや河川敷といった短距離だった。

自宅待機が増えてからは以前から好きだった読書や映画鑑賞により一層熱が入っていた。
映画のサブスクは三つも掛け持って契約しているし、小説は増えすぎて本棚から溢れている。今まで信じられないほどのアウトドア人間だった私がこんなにもインドア人間になるなんて。
初めのうちはきっと一週間くらいで我慢できなくなり発狂するのでは無いかと思っていた。しかし案外家での時間も心地良かったのだ。

いいこと尽くしの家での生活。でも友人に「物足りない」と言われ…

リモートワークが終わり会社に出勤するようになってからも、休日は予定がない日は全く家から出ず、朝から読書したり夜中まで映画を観る日々が続いた。
もちろんこの生活も悪くない。むしろ教養が身につくし、お金も減らない。いいこと尽くしだ。

ある日久しぶりに学生時代の友人と食事をした。この友人は私と同類、いわゆるぶっ飛んでる側の人間だった。友人も休日には一人で様々なところへ出かけ、実は今沖縄にいるよといきなりメッセージが来たり、他の日には飛び込みでお寺で写経体験をしていたり、行動力が凄まじいのだ。
そんな友人に「最近のあなたは見てるとなんだか物足りない」と言われてしまった。

「旅しないからダメ、インドアがダメってわけではない。ただなんか以前より守りに入ったように思える。毎日働いて休日は家でのんびりして。以前のあなたはもっと野心に溢れてて普段からギラギラしてた」と。

それは自分でも薄々気が付いていた。毎日安定した日々を送っている。それはとてもいいことだ。だが、本当にこれでよかったのだろうか。二十歳の私が思い描いていた社会人の私はこんな安定した平凡なものだったのか?

先延ばしにしてきたやりたいこと。自分の殻を破る勇気が欲しい

高校生の頃私は友人たちに「将来私は本を出す。何かは分からないけれど絶対にこの世に名前を刻んでから死ぬ」と豪語していた。それから上京し都会を楽しみながら刺激を求め、自分の興味あることは全てやってきた。

社会人になればもっとやりたいことをやれると思っていたが、実際社会に出て働き、現実を知るとそう簡単にはいかないと思い知らされた。現実はそう甘くない。
「半年後までにいくら貯金しよう。留学は二十三歳までにしよう」
そうやっていつも先延ばしにしてきた。

だけどもうそんな自分はいらない。そんなものは本当の私ではない。
気付けばコロナウイルスが蔓延し、知らず知らずのうちに自分も弱気になってしまっていたのかも知れない。
私は私でいいんだ。私の目に映る、私だけの世界を輝かせたい。無知が故に何も恐れず、やりたいことを全力でやってきたあの頃の私に戻りたい。そのためには少しだけ、もう少しだけ今の私の殻を破る勇気がほしい。