便利になったものだ。
会ったこともない誰かと、アプリで繋がって、リモートで恋ができる時代。
たとえ家から一歩も出ずとも、一言も声を発さずとも、指先ひとつでデートの約束を取り付けることができるようになったのである。

新天地、新生活、新恋愛、そして結婚への意識

私は5年前、大手企業に就職した。全国転勤のある仕事で、配属されたのは仙台だった。東京出身の私にとって、東北は未開の地。正直、不安しかなかった。
しかし、住んでみるとすぐに状況が変わった。杜の都と呼ばれる仙台は、緑豊かな公園や自然に触れられる場所が多く、喫茶店文化が根付いた街にはお洒落なカフェも多かった。休日は公園のベンチに腰かけてゆっくりコーヒータイム、なんて贅沢が日常になった。
また「陸奥(みちのく)」とは言えども、そこは東北最大の都市。ましてや、ネットを開けば全世界から欲しいものを取り寄せられる時代である。手に入らないものなんて殆どなく、便利な生活も同時に手に入った。
こうして私は、仙台や東北の魅力に引き込まれていった。
人並みに、恋もした。こぢんまりとした良い感じの居酒屋で出会った彼と、何度かデートを重ねて、付き合うことになった。それなりに楽しんで、半年ほどでお別れをした。日常を楽しむスパイスのような恋だったから、それで満足だった。

しかし、就職から3年が経ち、次の転勤が見えてきた途端、私は「結婚」を意識し始めた。専業主婦だった母の影響もあり、結婚して子育てをすることが夢だったから。このまま、いつ転勤になるかも分からない仕事をしていて良いのだろうかと、疑問に感じた。当時、仕事には多少の不満はあったものの、それなりにやり甲斐も感じていた。けれど、一生を捧げるつもりで就職したわけではない。色々と考えた末に、好きになったこの街で働ける仕事を探して転職をした。

また、東北でも流行り始めていたマッチングアプリを始めてみた。社交的なタイプで人と会うことが好きな私にとって、同時進行で様々な男性と出会うことのできるスタイルは最適だった。恋愛というよりもまず、アプリで知り合った人と実際に会って、おしゃべりをしたりデートをしたりすることを楽しんでいた。また、結婚を意識して転職したくせに、新しい仕事は思ったよりも楽しく、のめり込んだ。平日は仕事に打ち込みながら、休日に友達以上恋人未満の恋愛を楽しむ生活は充実していた。

コロナ渦の私を救った彼と交際スタート。出会いはマッチングアプリで

そんな時、ヤツがやってきた。新型コロナウイルスだ。
私の仕事は「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる類のもので、どんなに緊急事態になろうとも仕事はあった。それは有難くもあったのだが、感染症対策に伴う仕事量の増加や、刻々と変化する状況に対応しなければならない日々はさすがに堪えた。やれ自粛疲れだ、リモート飲み会だ、と友人たちが騒いでいるのを横目に、先の見えない情勢と感染への恐怖を堪えて必死で働きながら、私は心のバランスを崩していった。恋愛を楽しむ余裕なんか無くなって、アプリからも遠ざかっていた。

でも、そんな私を救ってくれたのは、マッチングアプリだった。大型連休中、一息ついて久しぶりにアプリを開くと、以前にマッチングした男性からメッセージが届いていた。数カ月も放置した私からの返事に、嫌みもなくまた返事をくれたことに驚いた。アウトドア好きがマッチして話が合った彼は、私を自然の中に誘い出してくれた。密を避けられるアウトドアで、のんびり語らうデートを重ねるうちに、私の心はほどけていた。そうして、彼との交際が始まった。アプリで知り合った人と付き合うのは、初めてのことだった。

この1年、本当に色々なことがあった。ここまで耐えることができたのは、間違いなく彼のおかげである。彼の支えがなかったら、精神的にも、肉体的にも、ぽっきり折れてしまっていたかもしれない。
一方で、こうして社会の常識がものすごいスピードで変わってゆくのを目の当たりにしたことで、私は居ても立ってもいられなくなってきた。仕事を辞めて、独立したい。ニューノーマルを創る仕事がしたい。彼も応援してくれて、私は退職願を提出した。年度が明けたら、起業準備に入る予定である。

起業プランと家庭の未来予想図のマトリックス、タイミングを測るアラサー

ただひとつ、気がかりなことがある。
退職時期が迫るにつれて、これからの生活やお金のことを話題にすることが増えてきた。ライフプランを考えることは重要だと分かっているが、急に「結婚」へ舵を切ってきたような彼の言動にドギマギした。同棲の提案も受けたが、断った。今の自宅で事務所を兼ねるつもりだし、生活が一緒になることで彼に必要以上の迷惑を掛けてしまうことは避けたかった。何より、仕事というベクトルで将来像や事業案を描き始めた今の私に、家庭の未来予想図まで意識する余裕は無かった。

4つ年下の彼は、三十路が迫る私と付き合う上で、最初から結婚を意識してくれていたようだった。確かに、いつだったか「20代のうちに結婚したいと思ってたんだよね~」と何の気なしに言ったような気がする。それを彼は気にしているらしい。
正直なところ、数年前と比べて私の中の「結婚」への意識は下がっている。今、やってみたいことがある。収入が減るかもしれないし、生活は不安定になるだろうけれど、それでも、挑戦したいことができたのだ。
もちろん、結婚願望はある。でも、今は……。
出産、子育てを考えれば、のんびりもしていられないことは分かっている。彼のことは好きだし、彼となら結婚後も良い家庭を築けそうな予感がする。けれど、焦りたくはない。

自分の人生だ。
決めるのは、自分なんだ……。