数年前付き合っていた彼は、社交的で、誰とでもすぐ仲良くなれる明るい性格だった。
飲食店で働いていた彼は、常連客ともすぐ打ち解けて、彼目当てで店に来る客も少なくなかった。
ある日私は仕事終わりに、彼の働いている店へ行った。バーに立つ彼や他のスタッフ、その日来ていた常連客と会話を交わしながら、お酒や料理を嗜んだ。

後日、彼と夕食を食べている時、彼は私にこう言った。
「常連さんに、『君の彼女は暗くて愛想の悪い子だね。なんであの子と付き合ってるの?』と言われた」

暗くて愛想の悪い子。彼の評価を下げないように頑張ってこのザマ

当時「彼氏の友達に会う」というイベントにはまだ不慣れだった。私のせいで彼の評価を下げてはならないし、できれば気に入ってもらいたい。人見知りの私なりに極力明るく、愛想良く、黙らないように、悪い印象を持たれないように。努めたつもりだった。
それでも、周囲からの評価はこのザマだった。
私が悪いのかもしれない。でもできれば知りたくなかった。

ちなみに、彼は嫌味でこの話を私にしたわけではない。「こういう風に周りからは言われたけれど、僕は君のことが好きだよ」ということが言いたかったのだ。私により良い人間になってもらいたくて、私のことを思って、そう言ったのだ。彼はそういう人だった。ただ少し、相手の立場になって考えることができない人なだけだった。彼のように真っ直ぐに生きる人は、真正面から正論を突きつけられると、自分の存在を否定された気分になって、傷付くタイプの人間がいることを知らない。できる人には、できない人の気持ちはわからないのだ。

その後彼は、自分の身内と上手くコミュニケーションを取る方法とか、いかに私のことが好きかとか、そんなような話を続けたが、私にはまるで水中にいる時みたいに、ぼんやりとしか聞こえなかった。
ボコボコと泡を吐き出しながら、深く、暗い水底へ沈んでいった。

未練など1ミリもないのに、彼が私にかけた呪いは今も縛り続けている

彼が私にかけた呪いは、彼と別れて数年経った今でも私を縛り続けている。
不意に当時のことを思い出しては、黒く重いヘドロみたいな感情が、胸の奥の深いところに溜まっていく。水面に上手く浮かべなくて、細く浅い呼吸しかできなくなる。
あれ以来、心のシャッターを閉めるのが早くなった。
未練など1ミリもないのに、こんなことで私を支配し続ける彼に腹が立つし、いつまでも縛られ続けている自分にも苛立つのだった。

友達に飲み会に誘われた。相手は最近知り合った飲み仲間とその友達。普段飲みに行かないし誘われもしない私だが、今回はなんとなく、誘いに乗ってみた。いつまでもこうしてはいられない、人間関係の輪を広げてみるべきだと思った。

相手の男性達は、大手企業に勤めるサラリーマンで、良い人達だった。自己紹介から始まって、最初はそれなりに会話も弾んだ。と思っていた。

質問しようにも何の興味も湧かない。結局何も話せず、顔が引き攣る私

ふと、元彼が言っていた「初対面の人と会話を続けるには、相手に質問をするといい」という言葉を思い出した。
頑張って質問してみようと思った。何か、何でもいいから、質問を。
何も思い浮かばなかった。どうでもいいことですら。
相手に対して、何の興味も湧かなかったのだ。

結局何も話せない私に、相手方がいろいろ質問してきた。趣味とか、今欲しいものとか、親の名前とか。そんなこと聞いてどうするんだろう。どうせ何の興味もないくせに。
きっとその時の私の顔は引き攣り、蔑んだ目をしていただろう。それと同時に「気を使われている」という空気があらゆる方向から私を刺した。
電車の時間があるからと、私は一人先に抜けた。また飲みましょうねと、思ってもないことを言って手を振った。

その日以降、私を誘ってくれた友達は、その日の話を一切しなかった。
誘うんじゃなかったと思っただろう。
相手側にも、つまらない女だと思われただろう。
事実はどうだか知らないが、まともに会話もできない、愛想良く笑えもしない、相手に気を使わせてばかりのしょうもない自分に、嫌悪と軽蔑が止まらなかった。

二度と飲み会になんて行かないと思った。
私はまた、分厚いシャッターを下ろした。

もっとシンプルに考えていい。二度と飲み会に「行く必要がない」

最近、音声配信アプリで、好きなパーソナリティの番組を聞くのが日課になっている。
その日の話題は、婚活についてだった。
取材として婚活パーティーに参加した彼女が、体験して感じたことを話していた。

「行動を起こすことは大切だけど、結局、自分の得意でないフィールドで戦っても、自分の魅力を最大限に引き出すことはできない」
肩の荷が降りたような、棘が抜けたような、長らく私にのしかかっていた何か重たいものが、粉々に砕け、吹き飛んでいった感覚があった。
無理にチャレンジしすぎなくていい。
頭ではわかりきっていたことが、ようやくすっと体に入ってきて、しっかりと腑に落ちた。

二度と飲み会になんて行かないと思った。
今度はもっと、前向きな意味で。
「行きたくない」というより、「行く必要がない」と思った。

取り繕った自分を好きになられても、それは所詮偽りの姿で、いずれ化けの皮は剥げる。
自分が心から楽しめない相手は、自分に必要のない人。
これは恋愛に限らず、全ての人間関係において当てはまる。

もっとシンプルに考えていいんだ。

元彼にかけられた呪いは、まだ完全には解けていない。
でも、そんな自分も認めてあげようと思った。

そうしたらきっと、私を縛り付けているものが、少しずつ緩んで、解けていくはずだから。