アイドルのライブDVDを見ながら晩酌。一人の夜に思い出すのは

「ただいま〜亅
誰も答えてくれるはずがない真っ暗な部屋に叫ぶ。
両手にはパンパンの買い物袋。
中身はビールに焼き鳥に餃子にスナック菓子。
そう、これから晩酌をする予定だ。
韓流アイドルのライブDVDを見ながら飲むのが私の定番だ。
「あぁ〜疲れた〜亅と言いながら靴下なんてそこらへんに投げ捨てて、部屋着に着替える。
目にかかりかけた前髪をピンで留め、これで私の晩酌への戦闘体制は完了だ。
「プシューー亅
私はこのビールの蓋を開ける瞬間が物凄く好きなのだ。
そして飲めるとこまで一気飲み!
今日も社長が口うるさかったなとか、あの客はどういう生き方をしてきたらあんな性格になるんだよとか、そんな悪口までひっくるめてビールを飲み干す。
ライブDVDを見ながら、
「推しの鎖骨に水を張ってそこで泳ぎたいなぁ……亅
と完全にオタクな独り言をつぶやく。
推しを見てるだけでお金が貰えるならどれだけいいだろうか……と叶いもしない願いを考えるのも楽しいものだ。

これが本来の『私』なのだ。
でも一人の夜はよく思い出すんだよ。
君とのひと夏の恋を。

恋心を抱いていた職場の上司。誘われて家に行ったけど、信じたくて

君とは簡単に言うと、友達以上恋人未満のような関係で、君は職場の上司だった。秘かに恋心を抱いていた相手だったんだ。
何回か数人で食事に行ったりしていた。
ある日、二人っきりで会う日があり、昼間は遊園地で遊び、夜は居酒屋で過ごした。
そろそろ帰りたいなぁとか思いつつ、君はなかなか帰らせてくれなかった。
そして、3時間くらい経った頃、君から「俺ん家、来る?亅と誘われたのだ。

そこで断れたのなら良かったのだが、なんせ秘かに恋心を抱いていた相手だ。
のこのこと君の家まで付いていってしまったのだ。
「今日はもう泊まるでしょ?ソファーがちょっと壊れてて……同じベッドで寝よ?亅

そう言われた私は心の奥がドクンとなった。経験の浅い私でも、これから起こりうる事はわかる。でも、どこかで信じていたかった。君は簡単に手を出すような男性ではない事を。
でも現実は思うようにはいかないみたいだ。
君も男性だ。同じベッドで男女が二人っきりで寝てたら夜のスイッチが入るようだ。

私の心は揺れていた。このまま君に身を預けるのか、それとも断るのか。
まるで私の心はシーソーのようだった。

でも脳裏にこびりつく、君の車にかけてあるかわいいクマのキーホルダー。そして、君の家に来て分かった違和感。
青と赤の歯ブラシに、赤と青のマグカップ。

酔って見たあの日の夢。もう二度と見ませんように

そして私は君からの口づけで全てがわかったんだ。
全く愛情を感じない口づけだったのだ。

もう私から終わりにしよう、この恋の灯火は私から消そう。そう、決意したのだ。

私は君からの行為を拒み、逃げるように帰ったのだ。そして連絡先も消し、君にも会わなくなった。その日が最初で最後だったのだ。後に分かったことだが、付き合っている女性がいたみたいだ。
どうせ好きなんて言えないんだから、これで良かったのだろうと思ってる。
これが私のひと夏のラブストーリーだ。

「はぁっ!!亅
気づけば時計は夜の11時過ぎを指している。どうも酔っ払って寝ていたようだ。
また、嫌な夢を見ていたようだ。

ライブDVDも終盤を迎えている。重い腰を上げながら散らかったテーブルを片付ける。
そしてお風呂に入り、就寝の支度をする。

そうそう、これが本来の私。
こうやって一人でいるほうが楽だ。
恋人なんていなくてもやっていけるさ。
君なんて私には必要のない男だったんだよ。

そして私はもう二度と同じ夢を見ないように願いながら、眠りにつくのだ。