夏の暑い夜。友人でも彼氏でもない彼から急遽ディナーに誘われた。久しぶりの連絡に胸を躍らせたことを覚えている。
そして二人で向かったのは素敵なお寿司屋さん。どのネタも今までに食べたことが無いほど美味しかったはず。

残念なことに、今あまり思い出せないのは、その日が彼との別れの日になったから。お店を出る直前、このお店は予約がなかなか取れないことで有名だということを知った。
そう、このお店に行くはずだったのは私ではなかったのだ。特別な誰かと予約をしていたが急遽来られなくなったので、その人の代打として私が呼ばれたのだ。
彼としても意図しない流れに私が気づいてしまったことに動揺していた。だからいつだってあの日の思い出は上質なお寿司の味ではなく、別れの話の後に逃げるようにタクシーに乗り込んで行った彼の横顔なのだ。

彼のtodoリストに載っていなくても、私がそこにいることはあった

綺麗な言葉を並べて彼の思い出を美化するつもりはないし、この出来事をあーだこーだと再検証するつもりもない。時に行動や態度は、言葉以上に真実を物語ることを学んだだけの話。

だからこそ、ふとした拍子に思い出すあの彼の横顔にずっと思うことがあった。彼はこの出来事を私に乗り越えてほしかったのかな、と。あの夜のように、私が彼のto do listに載っていなかった日はたくさんあった。

それなのにピンチヒッターのように、結局は私がその場にいた。夜中の呼び出しにも駆けつけたし、2時間以上待ちぼうけをしたこともあった。それでも「抱かれるのではない。私が彼を抱いているの」と負け犬の遠吠えにも似た意志を持っていたし、本気で自分をダメな女だと思っていなかった。
そんな見逃してばかりの私に別れを告げられたことに、とどのつまり、彼はどう思ったのだろう。都合の良い女だったのに物分かりが悪くなった、もう潮時かなと思ったのかな。結果を変えたい訳ではないが、最後が雑だったなと思い出すといつも思う。

彼にとって私が1番じゃないように、私にとっても彼は1番じゃない

結論、あの夜誰かの代わりでいたことを知りたくなかったとは思わない。
でも知りたかったかどうかを明言できないのは、未だに彼に未練があるからかもしれない。
少なくともあの横顔の意味を知ろうと丁寧に彼の言葉を聞きたかった。よく知っていると思っていた人の知らない一面を垣間見た時、猛烈に狼狽えてしまうのと同じだ。彼も私をよく知っていると思っていたからこそ、まさか正面切って別れを言われると思わなかったのかもしれない。お互いを舐めていたのかもね、私たち。

彼にとって私は1番でなかったことに間違いない。でも強がってでも言おう、私にとっても彼は1番じゃなかった。
彼以外に性的関係を誰かと持っていなかったが、彼は2番目だった。つまり、私は私を1番大切にしていた。セフレを持つことのどこが自分を大切にしているのかと思われるかもしれないが、彼といる自分が大好きだった、彼以上に。
大人になったら最高に最低な男の話をするために、今夜もこいつに時間を投資しよう、本気でそう思っていた。だから、時に1番目より2番目を失うことで凄まじい喪失感を覚えるのも学んだ。2番があってこその1番だったなと。

頭の中から引っ張ってくる彼の横顔は、最低な男の顔ではなかった

例えば季節ごとに香水を変えたいなと思うとしたら、それは自分の代名詞である1番の香水があるから出てくる発想。浮気を肯定する訳ではないが、「やっぱりこいつだな」が存在するからセカンドチョイスに手を伸ばしたくなるのと一緒。
でもここで面白いのは、そうして選んだセカンドチョイスの見た目や第一印象は違えど、深く知っていくとどこかで1番目との共通点が必ず出てくること。あれ、この香水のベースノートもウッドだったんだって。

そこで1番目への忠誠心を問い直される訳だが、あの夜私が気がついたのは彼と私の共通点だった。「人に順位をつけていること」。彼が私に2番という番号を与えたように、私自身も彼より自分が大事とナンバリングをしていたのだ。そしてその共通点は醜いと思った。だから順位をつける必要がない方向、つまり関係の見直しをしなければならなかったのだ。

改めて頭の中から引っ張ってくる彼の横顔を思うと、あれは最低な男の顔ではない。ダメな恋愛をしたかったはずなのに、彼は最高の恋愛を教えてくれた。だって浮気の経験じゃなくて原理を教えてくれるなんて最高。まあ、浮気は今後もする予定はありませんが。