彼とのデートでは、いつも喫煙所を探すところから始まった。
それは夢の国でも変わらなかった。
「喫煙所なんて来たことないでしょ?」といたずらに笑う彼の横顔を見ながら、この人の目に私が映った瞬間はあっただろうかと急に不安になった。
気づけばいつも、彼がタバコを吸う横顔をただ見ていただけだった。

ずっと前から気づいていたことがある。
彼の目に私が映らなくなったこと。
彼には私以外に女がいること。
むしろそっちの女の方が好きなこと。
そしてその女の人には振り向いてもらえてないこと。

ある日、彼がタバコを電子タバコに変えた。私は何も言ってないのに

彼は、ある日、
「電子タバコならいいでしょ?紙よりは臭いないし」
と言い出した。
「私、タバコ辞めてなんて言ったことないよ?」
と返すと、
「そうだっけ?嫌かなと思ってさ。ほら、嫌そうな顔してたじゃん。お前の為だよ」
タバコと何が違うのかわからないが、換気扇の下で煙が出ないソレを吸いながら言う。
電子タバコは甘い匂いがした。
吸い終わるとそのまま私にキスをした。
いつもと違う匂い。
いつもと違うキス。
覆い被さる彼の目には私がはっきり映っていた。

何かが違う、何もかもが違う。
私は、彼が他の誰かのためにタバコを電子タバコに変えたことを察した。
行為の後、彼はタバコを吸いに行かずに、腕枕をしながら私に話しかけた。
ほら、いつもと全然違う。
誰に言われた?誰の言いつけを守ってる?
「バカだよね……」
思わず出た言葉。
涙が止まらなかった。
彼は、どうしたの?と焦ったように聞いたが、どうもこうもあるか、と思いつつ、
「本当に……バカだよね……」
と繰り返すしかできなかった。

浮気の罪悪感から優しくしたんだろう。
「彼女大事にしなー?」とか、その女に言われたのだ。
知ってる。
悔しくて、悲しくて、涙が出た。
「私たち、もう、別れよっか……。そう……言って欲しかったんでしょう?」
いつかまた私の方を向くと思って、いつも彼の横顔を見ていた。
彼にとってわたしは、保険で、補欠で、2番手で、いつもちゃんとそこにいる、心配しなくていい存在。

浮気のことなんて知りたくもなかったのに。全部目に入ってくる

都合が良かったんだ。
「……ごめん、隠してて。実は、浮気……してた」
実は、じゃねぇよと思った。
「うん…隠せてなかったよ……」
「え……知ってたの」
「知りたくも……なかったよ」
「ごめん……」
言葉がとまらなくなった。

「全部気づいてたよ、スマホの着信、女の名前、不自然な予定、毎週水曜日はメールしても返事がない。隠すのが下手すぎて、知りたくなくても、ぜんっぶ目に入ってくるの。
でも気付かないようにしてたよ?悪い?好きだったから。
タバコやめる?お前のためって言った?私やめて欲しいなんて一度も言ったことなかったのに。
タバコの匂い、嫌だなって思ってた、もちろん思ってたよ。でも言わなかった、嫌われたくなかったから。
セックスの後もタバコ吸わなかった、私の目見るようになった、良い変化なはずなのに、なんでそんなふうに変わったか、知ってるから嫌だった。
言われたんでしょう?彼女大事にしなー?て。言われたんでしょう?その人に。
知ってるよ、だって見てるものその人のインスタも、あなたがたまにコメントしてるのも。
彼女いること知ってて遊んでたんでしょ、あんたも遊ばれてるじゃない」

「やめよ」と言って背を向ける彼。やめよ、じゃない、やめて、だろ

彼は、何も言わなかった。
ただ、「もうやめよ」と言って背を向けた。
やめよ、じゃない、やめて、だろ。

私の部屋に残されたのは彼にとって持ち帰る価値もない、あってもなくてもよさそうな替えのきく生活用品たち。
歯ブラシ、ワックス、よれたTシャツ……。
私に似てるな、なんて思って、何一丁前に感傷に浸ってるんだと笑えてきた。
たくさん傷つけられて、たくさん泣いた、この恋愛で得たものは何もない、美化することもできない、どうしようもない最低な毎日。

なんで好きだったの?
友達に言われるんだけど、好きだったから好きだっただけ。

バーカ。
バーカ。
バーカ。

1番、好きだった。
クズだけど可愛く笑う彼が1番好きだった。
そんな自分が、大嫌いだった。