「あ」
「あ」
3月下旬、卒業式終わりで袴やスーツで着飾った人々が行き交う校内。
人混みの中、目があった瞬間、何を言うでもなく吸い寄せられるように近づく私たち。
「沖縄に帰るの?」
「うん、塾の先生しながら教員採用試験を受ける予定。すいちゃんは?」
「大学院に行って、もう1回就活することにしたよ」
「そっか、ねえ記念に写真撮らない?」
おもむろに取り出されたスマホで、1枚だけ写真を撮る。
授業が一緒だっただけ、そんな彼に対して私は、3年間微熱にも似た淡い恋心を抱いていた。
心がときめいた彼には彼女がいて、私にも遠距離中の彼氏がいた
「よかったら一緒にペア組まない?」
2年生の夏休み、私は1人で教員免許課程の講座を受けにきており、課題のペア決めで声をかけてくれたのが彼だった。
4月から遠距離になった彼氏との衝突が増えて心が疲れ切っていた事もあり、私の好きな塩顔タイプのイケメンの彼に一瞬で心がときめいてしまった。
顔から入った私だったが、毎日一緒に課題をこなす中で、優しく、時には笑わせてくれる彼の性格にも徐々に惹かれていき、いつしか私の心は少しだけ彼に浮気をしていた。
夏を共に過ごした私たちだったが、その先に何かが生まれることはなかった。
理由は単純。お互いに彼氏彼女がいたというだけだ。
彼女がいるのは、ペアを組んで間もない頃に知った。それでも彼への気持ちは募るばかりだったが、彼氏への不満を我慢するより、彼氏を振って略奪する方のリスクが大きいと判断し現状維持に努めた。
夏休みの講義が終わり、その後も時々講義で一緒になることはあったが徐々に話すこともなくなり、たまにTwitterやInstagramに反応するだけの仲になった。
関わりが少なくなっていく中で気持ちは下火になっていったが、彼への気持ちが完全に消えることはなかった。
想いを告げることは一生ない。卒業式での写真だけで幸せだった
卒業式の日、久しぶりに彼の顔を見た時、あの夏に抱いた気持ちが一気に喉元まで込み上げてきた。
ずっと付き合っていた彼氏とはすっかり冷めきっており、いつ別れを切り出そうか考えていたため、一生会うこともないかもしれない彼に想いを伝えてもよかったのかもしれない。しかし、最後までその気持ちを伝えることはなかった。
それは、あの夏以降も彼は当時の彼女と続いており、彼女が彼の地元である沖縄に就職することを人づてに聞いていたからだった。
その話を聞いた時、この人に想いを告げることは一生ない、そう決めていたからである。
最後に他愛ない会話をし、一緒に写真を撮ることができたことで十分幸せだった。また、彼のInstagramには私とのツーショット写真が投稿されていた。多くの人と写真を撮った上で、私との写真を投稿してくれていたことが嬉しく、それだけで私の気持ちは報われたのだった。
卒業から4年。彼女と別れたと聞き、再び気持ちに火がついた
卒業から4年経った現在、彼も私も互いにフリーという状況が生まれている。
私は彼への想いを持ったまま他の人と付き合うこともできず、たまに「涙そうそう」や「海の声」を聞いては写真を見ながら彼を思い出す、という日々を過ごしていた。
そんな時、彼があの彼女と別れたという話を耳にした。
一生心に留めておくはずだったこの気持ちに、再び火がついた瞬間だった。
その話を聞いたタイミングで、コロナ禍ではあったものの、止むを得ず沖縄へ出向く必要があった際に一縷の望みをかけ、Instagramのストーリーに沖縄に行ったことを間接的にほのめかす投稿をした。
すると、そのストーリーに対して彼からコメントが来た。
「コロナが落ち着いたら今度は観光で遊びにきてね、俺も会いにいく」
自己保身や環境を言い訳に言い出せなかった彼への気持ちを、6年越しに伝える時がきたのかもしれない。
コロナがもう少し収束し、堂々と人の行き来ができる世の中に戻った時、彼と撮った写真を持って沖縄に会いに行こうとおもう。