22歳、春。高校の同級生が、大学の卒業式の日に入籍した。
Instagramで「私事ですが……」と結婚報告の定型文にいいねを押した。
「いいね」とはあんまり思っていなかった。

「卒業と同時に結婚しようと思っている」と言ったのは、私の方だった

成人式。最後に彼女に会ったとき、「大学の卒業と同時に結婚しようと思っているんだ」と言ったのは私の方だった。
10個上の先生。私よりもずっと大人で、自立して暮らしていて。
自分の生き方を持っている人に感じた。
大学受験を控えた不安定な高校生だった私には、そんな先生がかっこよかった。
憧れだった。好きだった。だから、高校を卒業してから先生と生徒から彼氏と彼女になった。
いや、10個上の大人と付き合っている自分に酔っていたのかも。
たぶん、そうだな。そんなに、好きじゃなかったかも。

先生は、結婚を前提にしたいと言った。私も先生がそう思うならと言った。
結婚は、保険だった。私が私でいてもいい保険。
だって、誰かが認めてくれると安心するでしょう?
どんなに嫌なことがあっても、自分を求めてくれる相手がいると、どうにかなりそうな気がしてしまうでしょう?
それに、知らせたくなるでしょう。自分に最大級の理解者がいるよって。
不安定なときほどその気持ちはひとしお。

ぬくぬく安心できる電気カーペットは、私のあまい気持ちみたい

婚約指輪のようなものも買ってもらった。両親の挨拶も、紹介程度の軽いものだったけど。先生の家は電車まで車で行かなければいけないようなところにあった。車は先生が運転してくれた。
先生の実家の電気カーペットが暖かかった。ぬくぬくしていた。何もしなくても暖かくて安心できた。私のあまい気持ちみたいにふわふわしていた。

大学卒業が近づいて、先生は遠くに引っ越した。
「卒業したら、こっちに来ればいいよ。就職先も、見つけておくよ」
先生は、私の電気カーペットだった。電源をいれたら暖かくなる、私がどんなにダメダメでも、先生だけは私を必要としてくれる。そう思えていた。

先生が遠くに行くから、記念に写真を撮ることになった。
彼女がカメラマンをしていることをInstagramで知っていた。
卒業ぶりに会う彼女は、大学生をしながら、自分のやりたいことを、自分で見つけて、動いていた。
彼女は、高そうなカメラは借金して買ったといった。「明るく借金よ」といった笑顔がまぶしかった。写真に写る私よりも、撮っている彼女のほうがキラキラしていた。
私も何かを見つけたい。そう思った。その時に、今までただただ人の暖かさに甘えて過ごしていた自分に気づいた。私は何もせず、ただ先生の暖かさを享受していた。

今は不安でいっぱいだから、結婚はしない。私は私を暖めていたい

別れたいと伝えたとき、先生は泣いた。初めて泣き顔を見た。
先生は、私が思うよりも大人じゃなかった。
それに気付けなかった。先生は、すごく強い大人なんだと思っていたから。
だからお別れをした。人間を電気カーペットのように使ってはいけないと思ったから。
大学の卒業式の日に彼女は、入籍した。お互いに支えあえている結婚なのかもしれない。
写真を撮ってもらってからの彼女に直接会っていないから、分からないけれど。
結婚は保険である。自分を安心させるための保険である。
私は今、自分でやりたいことを見つけて、自分で動いている。上手くいかないことばかりだから、人のタイムラインを見てはへこんだりしている。
今は不安でいっぱい。だから結婚はしない。
もし一人で生きていけるようになったら。
それでも結婚しないかも。電気カーペットにはしたくないし、なりたくない。
私は私を暖めていたい。