「はい、パンツのゴムあげるわ」
そう茶目っ気たっぷりに言われ、校長先生から渡されたのはピンクの髪を縛るゴムだった。

「いつでも遊びに来て」という言葉を真に受け、向かう先は校長室

桜の花が散り始めていた4月。高校の入学式を終え、オリエンテーション等が終わり、あの、入学前のドキドキとワクワクの入り混じった気持ちが落ち着いてきた頃だった。
学校案内が担任によって行われた。私は中学時代不登校だったため、行ける高校が限られており、仕方なしに決まったこの女子校に通うことになった。
何も期待していない、よくドラマでみるキラキラした青春とは無縁だろうと最初から諦め切った、少しやさぐれた生徒だった。

学校案内と言っても、生徒数も少なく小さな学校だったため、あっという間に終わり、残すは校長室だけとなった。私が通っていた高校はミッションスクールのため、校長先生はシスターだった。校長先生は校長室から出てくるや否や、とびっきりの笑顔で「ようこそ校長室へ」と出迎えてくれたのをよく覚えている。
校長先生は笑い皺がくっきりと刻まれていることからも、常に笑顔でいることがわかった。そして私たち生徒に「いつでも校長室に遊びにきてね」という珍しい挨拶を残していった。

何故だか分からないけど、私はその言葉を真に受けた。
次の日の昼休み、早速出来たばかりの友達3人を引き連れ、向かう先は校長室。

「これ、パンツのゴム」。校長先生が手首につけてくれた

今思えば、校長先生は私の大好きだった幼稚園の園長先生に似ていたのだ。私はこの高校に隣接された幼稚園に幼少期通っていた。そこも同じくミッションスクールのため、園長先生はシスターだった。
このシスターも本当にユニークで、ちょっとお転婆で、口を大きく開けてガハハハとよく笑う園長先生だった。園児は園長先生が大好きで、園長先生が教室にきた際にはみんな大はしゃぎして喜んでいた記憶がある。そんな園長先生にどことなく似ていたのだ。だから私は校長室に行くことを決めたのかもしれない。

校長室をノックすると、学校案内の時と同じ素敵な笑顔で出迎えてくれた校長先生。
「先生が遊びにきてねと言ったので遊びに来ました」
そう馬鹿正直に私が言うと、忙しいのに嫌そうな顔ひとつせず、「そうなの嬉しいわ、中へ入って」そう言って中へ迎え入れてくれた。
校長室の長ソファに4人で座って、向かい側には校長先生。なんだかシュールな光景だ。

1回目は確か自己紹介をしておしまいだった気がする、けれども何故かまた会いにこよう、そう思わせる何かが校長先生にはあった。
2回目に訪れたのは、少し期間が空いてからだった記憶がある。また友達3人を引き連れて、校長室を訪れた。
その日だった、校長先生ががガサゴソと机を漁って持ってきたのは、ピンクのゴムとハサミ。器用にゴムを4等分に分けると「はい、これパンツのゴム」なんてふざけたことを言いながら私たち一人一人の手首につけてくれた。私はもうすでに大好きになっていた校長先生からのプレゼントで大喜びした。

「パンツのゴム」よりも大切にしてきたのは、校長先生の言葉

私は高校1年生の間に何度校長室に通っただろうか。最初は一緒に来ていた友達も来なくなり、1人で校長室に遊びに行ってはお話しをして過ごしていた。とてもバイタリティ溢れる校長先生で、たくさんの事を学ばせてもらった。

そんなある日、「あなたまだそれ付けてるの?」そう校長先生が指を差しながら見つけたものは、私の手首についていた薄汚れたピンクの、そう「パンツのゴム」だった。
校長先生はまた机の中をガサゴソとすると、今度はブレスレット式になったロザリオを持ってきた。そして、「パンツのゴム第2弾」なんてまたふざけたことを言いながら、私の手首に木の珠でできたロザリオをはめてくださった。
その後も、先生のお仕事の邪魔にならない程度に校長室には通い続けたが、残念なことに私が高校1年生の終わりに校長先生は次の地へと旅立ってしまった。

振り返れば、このブレスレットとも10年以上の仲だ。紐が千切れるたびに替えて大切にしてきた。けれども、ブレスレットよりも大切にしてきたのが校長先生の言葉だった。
「このブレスレットを片方の手首につけるでしょ。それでもし誰かの悪口を言いたくなったら、ブレスレットを反対の手にはめて落ち着かせるの」
私はブレスレットをつけている間、この教えを忠実に守ってきた。このブレスレットには校長先生の教えが入っているからこそ、私はこれからも捨てることができないだろう。