たった一人の空間に放り込まれる。夜は苦痛だった

物心ついたときから、夜が怖かった。夜はいつも悲しいものを連れてくる。
夜は静かで何もない。考えたり、自分と向き合うのに最適な時間だ。いつも考えるのは、その日の失敗や後悔ばかり。加えて無音であるために頭がいっぱいになる。
わたしにとって夜は苦痛の時間だった。誰もいない、たった一人の空間に放り込まれ、無限とも思える時間を過ごしていた。

中学生の頃から死に魅入られていたわたしは、死ぬことばかり考えていた。
友達もそれなりにいるし、部活にも入っていた。校内でも厳しいと言われている部だった。家族関係も良好で、いわゆる普通の人間だった。
不幸だから消えたいのではない。消えなければいけなかったのだ。当時も、今もそう思っている。

夜遊びをしなかったけれど、ある同級生によって変わった

夜が姿を変えたのは、高校二年生の時だった。
部活が厳しかったせいもあり、あまり夜遊びをしなかった。それがある同級生によって変わっていった。
きっかけは「消えたい」というラインだった。クラスではあまり話さない相手からの突然のメッセージに、どうしたらいいかわからなくてすぐに返信できなかったのをよく覚えている。
「こんな夜中にどうしたの?」
理由なんてわかりきっていた。どうせ彼女に振られたとか、なにか嫌なことから逃げたいだけだろう。
「実は」
長いメッセージいっぱいに辛かったこと、疲れたこと、人生に飽きてしまったということが書かれていた。
正直、やっぱりと思った。なんてくだらないんだとも思った。自分の方がもっと消えたい、もっと死に対して真剣だ。これ以上は興味がなかったので適当に返信していたら、今から会えないかと言われた。なんだか面白そうだと思った。夜中にこっそり抜け出すなんて初めてだったからだ。

それから毎晩、夜中に家を抜け出して二人で散歩をした。駅の近くや公園、田んぼ道をひたすら歩いたこともあった。
人と人との関係を深くするものに、秘密の共有というものがある。私たちはまさにそれだった。「消えたい」という表には出せない感情と、夜中にこっそり会うこと。クラスではめったに話さない私たちには、それだけで十分な秘密だった。

このとき私は、これが恋だと勘違いしていた。今思えば後の人生にここまで深く染み込むこの感情は、恋であってほしくなかったのかもしれない。

始まりがないから、終わりのない螺旋階段のようだった

彼は高校を辞めた。わたしは大学へ進学を決めた。この時にはもう、この友達未満恋人以上の関係がおかしいことには気づいていた。
わたしには恋人がいた。それでも、夜を迎えるたびに彼を思った。もう彼がいない夜が怖くなっていた。
夜がくると死が近くなる。消えなければならない。自分は本当にクズでどうしようもない奴だから。誰も助けてくれなくていい。誰かといると気持ちが紛れるけれど、心の奥ではずっとひとりぼっちだった。

彼とは半年に一度、電話が通じるかどうかくらいの関係だった。今思うと最初から都合の良いように扱われていたと思う。彼はなかなか酷い奴だった。
いつか二人を結んだ「消えたい」という気持ちは、わたしにしか残されていなかった。
終わりのない螺旋階段のようだった。登っても登っても、辿り着けない。終わりがないのは、始まりがないからだった。

そんな関係は突然、終わりを迎えた。彼が死んだのだ。病死だった。わたしの人生に深く刻み込まれた関係は、あっけなく終わった。
わたしの辛い夜にまた一つ、呪いが加わってしまった。夜が恐ろしい、気絶するように眠ってしまいたい。それともこれは罰なのか。わたしがいつまでも生き続けている罰なのか。
夜は静かで何もない。あるのは静寂と心だけ。いつまでも「消えたい」わたしはひとり、夜に身を浸し蝕まれていく心を眺めている。