それは今から約4年前のこと。
大学4年生の夏休みといえば、多くの人が就職の内定が出て、ほっと一息つき、学生最後の夏休みを謳歌する時である。
しかし、それはあくまで「多くの」人の場合であって、全員ではない。そして、私もその「多くの」人から溢れた1人であった。

やる気にならなくて、就活をなめた結果が内定ゼロ

小さな時から何をやっても人並みにできていた私は、就職活動もなんとなくやっていれば、それなりの会社に入れると思っていた。そのため、企業説明会にもほとんど参加せず、履歴書を送ったのはわずか10社。その10社でさえ、企業研究をろくにせず、面接も出たとこ勝負で臨んでいた。
今思えば、心底就活を舐めていた。

その結果は皆さんもお分かりであろう。6月に面接が本格的に始まり、大学同期がどんどん大企業への内定が決まっていく中、私は1人、全社落ちていた。
就活と授業の合間に、学食で懐かしい顔を見るたびに繰り返される「就活どう?」という会話。内定の決まっている人の嬉しそうな、そしてどこか自信ありげな顔を見ながら、私は「これからこれから!」と明るく振る舞いながらも、心の中では日々確実に焦りが溜まり、自己肯定感が削がれていった。

そんなわけだから、初めに志望した10社全落ちした後は、必死だった。急いで就活応援サービスに登録し、いろいろなセミナーに参加し、そしてアドバイザーに紹介された会社の説明会と面接にとりあえず行きまくった。

それらはあくまで「他の人から紹介された」会社であり、自分で探した会社でないだけに、私の目にはあまり魅力的には映らなかった。
しかし、大学4年生、それも夏休みに入った私には後がない。どこでもいいからとりあえず内定をとらないと、親に合わせる顔も、卒業後の行き先もない……。

そんな義務感から興味のない会社の説明会に行っては、いまいちやる気が出ず、そして後がない身分にもかかわらずやる気が出ないと言っている自分に苛立ち、なんとかまた他の説明会に行くという日々を繰り返す日々。
しかし、そんな毎日のルーティーンも、ある日突然途切れた。

面接に一度行かなかったことが、眠れない夜の始まりだった

面接に、行けなかった。
その日、私はいつものようになんとなくだるい朝を迎えて、なんとなくリクルートスーツに着替えて、アドバイザーに紹介された会社の面接になんとなく行こうとしていた。
しかし、いざ自分の部屋を出ようとした瞬間、突然糸が切れたかのように「行かなくていいんじゃね?」という思いに駆られ、体が動かなくなった。

どうせ行ってもあまり興味のない会社。こんな気持ちで面接に臨んだところで落ちることはわかっている。交通費を払って、炎天下の中、リクルートスーツでわざわざ落ちる面接に行く必要があるのか。そして万が一受かったとしても、私はその会社に行きたいのか。
そうこう考えているうちに家を出なければいけない時間をすぎ、私はその日の面接をぶっちしてしまった。

それが私の眠れない夜の始まりだった。
面接をぶっちし、ふと我に返った私はとても後悔した。内定の取れていない身分で面接をぶっちし、今後の見通しも立っていない。
今日面接に行けば、たとえ落ちたとしても面接の練習になったかもしれないのに。このままでは今日は何もやっていないのと同じ。そんな何もやっていない今日が過ぎ去ってしまうのが、何も前進がないまま明日が来るのが怖くて、特に何をするわけでもなくその日は朝まで眠れなかった。

そしていざ朝が来ると、寝ていないせいで体がだるい。もう自分は若くないんだと思うと同時に、その日の説明会の前まで少し眠ることにした。
しかし、これもまた失敗だった。寝不足だった私はアラームの音にも気づかず寝坊し、その日も説明会に行くことができなかった。

その後はまた同じことの繰り返し。後悔、そして何もしていない今日が過ぎることの怖さから夜眠ることができない日々。そして朝9、10時ごろになって体が限界を迎え、夕方4時ごろまで気を失ったかのように寝る。

時たま、会社の説明会や面接に行っては、やる気の出ない自分にまた苛立ち、その日の夜も日々の進展のなさに眠ることはできない。
はたから見れば、夜しっかり寝て次の日にできることをやればいいと思うかもしれないが、すっかり自信を失い、未来への希望が見えていない私にとって「何も進展がない今日」を終わらせることはとても大きな恐怖で、そのループから抜け出すのはとても難しかった。

そのうち、体がすっかり昼夜逆転し、日中に外出すると睡眠不足から貧血を起こすようになった。そのせいで、日中にある会社説明会や面接に行けなくなることもしばしば。いよいよ就活を続けることが難しくなっていった。

正直、このままだと死ぬなと思った。
別に当時、自殺願望があったわけではない。しかし、毎日毎日意味を見いだせない就活をしてはうまくできない自分を責める日々で、私の心はとっくに死んでいた。そして、すっかり昼夜逆転した私の体では外出も難しく、体も限界を迎えていた。

眠れない夜を経験したからこそ、手に入れることができたもの

そんな心も体もぎりぎりだった私は、就活を一旦辞めるという選択肢をとった。
こんなに自分を蝕む就活から一旦距離を置き、自分の好きな旅行をして思う存分リフレッシュし、元気になった状態で就活したいと思えば就活を再開し、その時他にやりたいことがあればその道を進めばいい、と自分に言い聞かせて。

不安がなかったと言えば嘘になるが、疲れ果てていた当時の私には不安を感じる体力さえ残っていなかった。それよりも何をやってもうまくいかず、日々自分を責める暗黒のループから解放された安心感を感じていた。

その後は1ヶ月の間に国内2カ所と国外4カ国旅行をし、旅行中の心地良い疲れから自然と夜眠ることができるようになり、冷静になった頭でもう一度自分のやりたいことを見つめ直すことができた。

結果として、私は就活を再開しなかった。
興味のある会社が見つからなかったというのもあるし、やはりまだあの悪夢のような就活を再びやる勇気はなかったのだと思う。代わりに、私は以前からずっと興味のあった青年海外協力隊に応募した。大学でずっと学んできた開発学を実際の現場で活かしたい、という想いから、自然と選考にやる気が湧き、全力で取り組むことができた。
その想いが通じたのか、ありがたいことに合格を頂くことができ、大学卒業後はカリブ海の島国へ飛び立つことになった。

今思えば、就活中は周りと自分からのプレッシャーで冷静に物事を見ることができていなかったと思う。そして、大学卒業後は就職しなければいけない、という変な固定観念に縛られ、負のループに陥ってしまった。
眠れない日々が続いた時は本当に辛かった。少しでも次の日の生産性を上げようと思って、薬局で売っている睡眠導入剤を飲んだこともあった。それでも状況は一向に改善せず、毎日自分に失望していた。

そんなループから抜け出すために、自分の好きな環境に身を置き、身も心も存分にリラックスさせた状態で自分に向き合うことで見つけた、協力隊という選択肢。それは、負の連鎖を自分で断ち切った勇気と決断の賜物なのだと思う。
そしてそれと同時に、眠れない夜があったからこそ、協力隊こそが自分のやりたいことだと確信を持つことができたのも確かである。

だって、それまでどんなに頑張っても就活にやる気が出なかったのに、協力隊を目指すと決めた瞬間ふっと迷いが消えて、自然と全力になれたのだから。
もし、眠れない夜を経験せずに初めから協力隊を目指していたら、今でも就活しなかったということを悔やんでいたかもしれない。しかし、就活を経験し、眠れない夜を経験した後の協力隊という選択肢だったから、協力隊こそが私の道だったんだと自信を持って言うことができる。
そう思うと、眠れない夜も私にとっては必要な日々だったのかもしれない。もう絶対に経験したくはないけれど。