「弊社はこんなに素敵な会社です」
新卒1年目、入社たった1ヶ月の私は言う。
入社たった1ヶ月の私が任されたのは「会社の顔」となる仕事ばかりで
就活なんかより、大学生活の方が大切だった。
3年生の夏からインターンシップに行きまくり、なんとか年内には内定を勝ち取った。
その会社を選んだのは家から遠いという理由だけだった。幼かった私はいち早くひとり暮らしがしたかったのだ。
内定が決まってからはアルバイトに部活に遊びにと毎日が忙しく、充実していた。
今が楽しければそれで良い、二度と大学生には戻れないのだから。
そんな私だったが、社会人に対して憧れがなかったわけではない。広告の会社で営業のOLをやりたいという目標があり、内定を取った会社ではそれが叶えられそうだったのである。
ところが入社後、私が配属されたのは人事部の採用担当だった。任されたのは説明会の話者や、電話対応、面接者受付など就活において会社の顔となる仕事ばかりだった。
「弊社はこんなに素敵な会社です」
会社説明会お決まりの、自慢大会。良いことばかりを伝え、隠したいことはやんわりとオブラートに包む。
入社たった1ヶ月の私がこの会社の何を知っているというのか。まるで詐欺をしているみたいだ。
話を聞く学生の眼差しは眩しい。私も少し前まではそちら側にいたのに…
私の話を聞いて一生懸命に頷いている子、必死にメモを取る子、きらきらとした目でこちらを見つめる子。
私にはどれも眩しかった。
少し前は私もそちら側だったのに。
「私もそちら側だった」。そうだ、就活生の時には私も頷きながらメモを取り、人事を見つめた。
だが、それは本当に興味があったわけではない。
いち早く就活を終わらせたい私が身につけた演技力だ。
お互いがお互いを騙し合う、それが就活なのではないか。
もちろん、私は営業がやりたいという目標があったので、きらきらさせた目が100%嘘というわけではない。ところが面接で、よく知りもしない会社を褒め称え、説明会でしか会ったことのない社員が憧れだと言ったのは自分をよく魅せるための武器でしかなかった。
共鳴できない人は排除される会社。偽りの自分でいることに嫌気が
社会人になったらこうした騙し合いが必要だ。
だからそれができる人材を採用したい、それが社会の考え方なのではないかと深読みをしてみたりもする。
実際、社会に出てみてそう感じる場面は多々あった。
上司にお世辞を言い、目標発表の時間は綺麗事ばかり並べた。そうせざるを得ない環境だったのだ。
「この会社に共鳴できない人は排除する」
飲み会で社長は言った。始めは耳を疑ったが、どうやら冗談で言っているわけではないようだった。
少しばかりの本当と、それを補うための嘘で塗り固められた自分。
本当の自分とはこんなにもちっぽけで、隠さなければいけないものなのだろうか。
程なくして私は会社を辞めた。偽りの自分で居続けることに嫌気がさしたのだ。
新しく入社した会社は、規模こそ小さいものの、自分らしく居られる場所だった。憧れだった営業OLという夢も叶えることができ、大学時代とはまた違った楽しさがあった。
「弊社はこんなに素敵な会社です」
私はもう人事部ではないが、この会社であれば胸を張ってそう言える。