以前旅行会社で航空券手配の仕事をしていたとき、なかなか寝られなかった時期があった。
ベッドに入っても寝つけないのではなく、そもそも電気を消してベッドに入ることができなかった。お風呂に入ってパジャマに着替えて歯を磨いても、なんとなくスマホをいじってしまい、深夜2時ごろになって慌ててアラームを設定して寝る準備をする。アンドロイドのスマホに表示される「アラームは5時間後に設定されました」という通知を見て、「あぁ、今日もダラダラして5時間しか睡眠時間を確保できなかった……」と自己嫌悪に陥る。

ミスが許されない航空券の手配。それが次第にプレッシャーに

ムダに夜更かしするくらいなら早く寝ればいいのに、なんでダラダラしてしまうんだろうと考えてみたら、出てきた理由はシンプルだった。

明日が来るのが怖い。

航空券手配では、ミスが許されない。名前を原則パスポートと一字一句同じつづりにして予約しないと、飛行機には乗れないというルールがある。同じ「佐藤」さんでも、つづりが「SATO」なのか「SATOU」なのか、はたまた「SATOH」なのか、一文字でも違うとチェックインすらできない。
ほかにも出発地は成田なのか羽田なのか、到着地はロサンゼルスなのかサンフランシスコなのか、出発時間は午前9時なのか午後9時なのか、確認すべき点は山ほどある。

また、航空券は予約した後に「発券」という作業が必要になる。「発券」をした後に変更やキャンセルをしようとすると、追加料金が発生し、場合によっては会社に損金が出てしまう。さらに、飛行機の空席状況は秒単位で変わる。「間違えたから取り直そう」と思っても、希望の便が満席になっているかもしれない。
自分のミスのせいでお客さんが飛行機に乗れなくなり、旅程に支障が出てしまったら一大事だ。

しかし、ミスとは往々にして気づきにくいもの。自分が書いたエッセイを数日後に見返したときや、他人のエッセイを読んでいるときに限って漢字の間違いに気づく経験は、誰にでもあると思う。
けれど航空券手配では、エッセイの漢字間違いのように「修正すればOK」とはならない。名前のつづりのような小さなミスでも、お客さんや会社に及ぼす影響は大きい。取り返しのつかないミスと隣り合わせの状況が、知らず知らずのうちに大きなプレッシャーになっていた。

「今日発券した航空券、実は間違えてたらどうしよう」
「明日出社して、今まで気がつかなかっをミスが見つけるのが嫌だ」
そんな思いもあって、身体がベッドを拒否していたのかもしれない。

「明日が来る」という当たり前に対して頑張っている私たち

でも、寝たら次には朝が来る。朝が来たら、起きて支度をして出社しなければいけない。「陽はまた昇る」とはいうけれど、どんなに辛くても、どんなに憂鬱でも必ず明日は来る。
よく考えたら、なんて残酷なんだろう。

長い間、こんなことを考えているのは自分だけだと思っていた。「明日が来る」なんて当たり前のことが嫌だなんてどうしようもない、社会人なんだから時間を管理して健康的な生活をしないといけないと考えていた。

しかし、キャリア関連のとあるイベントでこの話をしたら、「私も同じです」「その気持ちとてもわかります」と、共感のコメントをたくさんいただいた。
自分だけじゃないんだと知って驚くと同時に、同じように悩みながら頑張って毎日を送っている人たちがどこかにいると思うと、明日を迎えるのがほんの少し楽になった。

今もどこかで、明日に怯えて眠れない夜を過ごしている人がいるかもしれない。
このエッセイを読んでくれた誰かが「明日が怖いのは自分だけじゃないんだ」と、少しでも安心してくれたら嬉しい。