深夜の高速道路。前にシルバーと黒い縁のワゴンが走っていた時だった。初めての道を運転する中、父から電話があった。
愛犬が息をひき取った。

小さなトイプードルの女の子。シルバーの毛色だったが、子犬の時はほぼ真っ黒だった。あまりにもかわいいものだからホームセンターのペットコーナーで見つけて購入が決まってからも、違う人に取られてしまうのではないかと13歳ながらに恐れた私。母に頼んで家に迎えるまでのほぼ毎日、ホームセンターに足を運んだ。

毛色の比率は逆転したけど、身体も小さくて、全然大きくならなくて、おばあちゃんになっても子犬のままの大きさだったから、ずっと赤ちゃんのように呼びかけていた。それはそれは、家族みんなで甘やかした。散歩で疲れると抱っこして歩き、彼女自身も少し優越感に浸った顔をして父の腕の中に収まっていた。

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彼女は、自分が可愛がられていることをよくわかっている、かしこい子だった。おてんばで気が強いのに、ビビりな一面もあった。
初めて家に来た時は、しばらく私の太ももの上で震えながら一歩も動かなかった。太もものちょっとくすぐったい感触も思い出せるほど、鮮明に覚えている。ドッグランにいくと、しゃがんだ私の膝の上にぴょんと跳び乗って避難してきた。小さくて、散歩の時はリードを持っている人の顔を見上げながら足元すぐそばをひょこひょこ歩くから、踏みそうでおっかない。おばあちゃんになっても散歩が好きで、うさぎのように跳んで走っていたな。

そして、食いしん坊でいたずら好き。父が大切にしていたお菓子を、少し目を離した隙にぐちゃぐちゃにしていたことがある。食べられないと分かったのか、破壊だけして中身を食べてはいなかったのが賢いところ。私が奮発して購入した高めのイヤホンも、一晩でバラバラにされていて泣いたこともあったけ。我が家のチャック(ジッパー)は何着破壊されたんだろう。
ペットボトルの蓋も、見つけるとすかさず口いっぱいに咥えていた。蓋は彼女の口にはちょっと大きすぎるから、バレバレだったんだけど、「何も持ってませんよ〜」と、憎たらしい顔をしていた。その後、蓋を取り上げるのが大変なのは言うまでもない。

一緒のベッドで寝ると、朝方トイレに行きたくなった彼女は、必ず家族を起こして回った。胸までかぶっている布団の縁を前足で掘ってめくってくるのだ。それも諦めずにかなりしつこく。なんだろうと思ってケージに入れてあげると、トイレをして満足する。起こしたら助けてくれると思っているところが素晴らしかったし、信頼されている感覚が嬉しかった。

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私が一番好きな思い出は、留学から帰ってきた時の彼女の反応。一年振りに再会した彼女は、一瞬驚いた目をした後、体を低くしてしっぽをちぎれんばかりに振ってくれた。
大好きなご飯をあげる時よりも、散歩に行くと言った時よりも。後にも先にも、あんなにきらきらした目で喜んで興奮している彼女を見たことがなくて、それが彼女と私だけの大切な思い出になっている。

彼女が亡くなったのは、つい2週間前。地下鉄のエスカレーターを降りている最中にこれらのことをふと思い出して、涙が止まらなくなった。でも、その時点で“思い出している”ということにもショックを受けた。
人間は忘れる生き物だから、悲しみや、愛しさや、辛さはだんだん薄れゆくものだと思う。悲しみにくれる間もなく降ってくる物事に対応するために、グッと感情や感動をしまいこむ。日々を重ねるうちに、あの愛おしい子を忘れてしまうのが怖いと思った。

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私はあの日、人生で初めて亡骸を胸に抱いた。彼女が亡くなったのは、母と私が必要にかられて少しばかり家を離れている間だった。それまでずっと一緒にいたのに。
父からの知らせを受け、急いで帰って家に着いたのは、彼女が息を引き取ってから40分くらいだろうか。ついさっきまで柔らかかった体が、すでに硬くなっていた。生き物が亡くなると、あんなにも柔らかさを失ってしまうのかと初めて知った。亡骸さえも愛おしいと思うことがあるのかと驚いた。

小さい体を存分に活かして、人の胸元や首元で寝るのが好きだった彼女。なぜか暑苦しくて起きると大体首元に彼女がいるなんてことは日常茶飯事だった。私は同じように彼女を胸のあたりで抱いてあげた。私の鼓動や肺の動きで上下する彼女は、まだ生きているようだった。
いつもと変わらぬかわいい顔で寝ていた。まだ温かい彼女を手放すのが惜しくて仕方がなかった。綺麗な体でさよならするために、ちゃんと冷やした入れた箱に入れてあげなきゃいけないのに。家族で子どものように泣いた。大人になってあんなに咽び泣いたのは初めてかもしれない。箱に入れた後もしばらくは暖かくて、みんなで撫でたり、匂いを嗅いだりしていた。

いつか私が死ぬ時も、ちゃんと思い出してあげたい。この先の長い人生で、忘れてしまわないように。
ここまで人生で何かを残したいと思ったことはなかった。できれば彼女にはどうか作品としてこの世に生き続けてほしい。そう思って深夜、涙をあふれさせながらこのエッセイを書いている。画面はほぼ見えていない。
今思えば、初めての道を涙でほぼ見えない状態で運転できたのが不思議だ。

車間を一定にするのが苦手なのに、距離が詰まりすぎることも広がりすぎることもなかった。前を走るシルバーのワゴンは、おばあちゃんになった彼女の毛の色に似ていた気がする。最後はきっと泣いてる私を家まで導いてくれたのかもしれない。

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私は14年間、彼女に「待っててね」と声を掛け続けた。学校に行くときも、留学に行くときも、久々に帰った実家から離れる時も。そう一言声を掛けると悲しそうに鳴くのをやめるから、いつの間にか習慣になっていた。そして、彼女はいつも待っていてくれた。
あの日出かけるときも言ったけど、その時だけは待ってくれなかったね。最後のお別れの日、私は「ありがとう。待っててね、またね」と再度声を掛けた。
きっとまたどこかで会える。それがいつになろうと、それまでは彼女を忘れずに生きていきたい。いつまでも「つい2週間前ね」って話せるように。