今まで私は、敷かれたレールの上を、良い感じに走って来た。高校、大学受験も、運良くすり抜けて来られた。しかし、就職活動が始まった途端、そのレールが歪み始めた。
行き先がわからなくなったのだ。今まで苦労してこなかった分、上手な走り方を知らない私は、軋んでひび割れ、途切れたレールから脱線した。
そして、就活戦争に惨敗した私は、大学を卒業してフリーターになった。

当時付き合っていた彼は夢追い人だった。彼は仲間とその夢を叶えるため上京することになり、私に一緒に来て欲しいと言った。幸い、あるいは生憎、フリーターだった私は、戸惑いながらも、東京で改めて就職活動を始めた。
せっかくならと、学生の頃から興味はあったけれど採用試験に落ち続けた業種に絞って、いくつか面接を受けたところ、一社だけ、駆け出しのベンチャー企業から内定をもらうことができた。

初めての内定に浮き足立って、そして腹を括って、私は彼の後を追って上京した。初めての社会人、初めての一人暮らし。不安と期待が入り乱れた。

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新しい生活を始めてみたら、初めてにしては案外様になっていた。実家にいた頃は、家事なんてほとんどしていなかったけれど、人間というのは必要に迫られると、どうにか乗り切れるものらしかった。
仕事は思い描いていたものとは違ったけれど、最初はこんなものだろうと思うことにした。

彼とは時間が合えば食事をしたり、田舎者が二人揃って、東京の街をうろついたりした。いつしか半同棲みたいになって、彼の分の食事を作って、家で待っていることも増えた。

東京での生活も、一年も経てば日常になった。
仕事へ行って、帰って、家事をして、一日が終わる。その繰り返し。仕事内容は相変わらず、やりたかったこととはかけ離れた業務だった。
彼は会う度、いろんな話を私に聞かせた。新しく出会った人、最近の成果、次の目標。
夢を追いかけ日々努力している彼は、私には眩し過ぎた。あまりの眩しさに、目を逸らした先には、何も無い私がいた。

誰にでもできる仕事を淡々とこなすだけの毎日。ベンチャー企業の安月給のほとんどは、東京の高い家賃と生活費に消えていった。私も、アルバイトの彼も、贅沢する余裕などなかった。東京に友達はいなかった。頼れるのは彼だけだった。
「彼のため」と言いつつ、「彼のせい」にしている自分がいた。何一つとして自分の意志で行動していないくせに。ただ流れに乗っただけのくせに。ぼんやりと過ぎていく時間。着実に、二十代が消えていった。

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地元の友達とは頻繁に連絡を取っていた。彼女とは幼馴染で、私の上京をはじめは反対していたけれど、最終的には応援してくれていた。彼女は地元で希望していた会社に就職して、忙しい日々を送っているようだった。

その日もいつものように、どうでもいい会話を繰り広げながら、お互いに、日々の愚痴や不安を、ぽつりぽつりとこぼし始めた。
人は歳を取れば取るほど賢くなって、頭でっかちになっていく。学生の頃は簡単にできたことが、急に怖くなったり、考えなければならないことが増えていく。人生って難しいよね〜なんて笑って、いつものように二人で天を仰ぐ。
「でもね、」彼女は言った。
「君はよく頑張ってるよ」

その一言で、私は涙が止まらなくなった。「張り詰めていた糸がプツンと切れる」というのはこのことだと思った。自分では全然大丈夫だと思っていたけれど、本当は、全然大丈夫じゃなかったみたいだ。

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夢も目標も無い自分は、周りと比べてちっとも頑張っていないと感じていた。頑張れていない自分が惨めだった。それでも私は、周りに掴まるものが何も無い、狭くて広い場所で、二本の足で必死に立とうとしていた。
世界はそれを「頑張っている」と呼ぶのかもしれない。
そして、私はずっと誰かに「頑張っているね」と言って欲しかったのだと気付いた。

「自分なんて」と感じる度、ふと、彼女の言葉を思い出す。本当に頑張れているのかなと、自分を疑ってしまう時もあるけれど、きっと、生きていること、それこそが頑張っている証拠なのだ。
誰も何も言ってくれないのなら、自分で自分を褒めてあげればいい。そっと背中を押す一言が、誰にでもきっとあるはずだから。