幼馴染が次々に結婚、出産。彼女たちの報告が嬉しくてたまらない

毎年クリスマスは、幼馴染の仲良し6人組で過ごした。個性豊かな私たちは、お腹が痛くなるほど笑いが止まらない思い出のエピソードがたくさんある。それはまるで『若草物語』の姉妹のように賑やかだった。

幼馴染6人の恋愛模様もそれなりに小説が書けるほどだろう。特にこの2年間は私たちにとって大きな変化があった。私ともう1人を除いた4人が結婚をして、家を建てたり、子どもを産んだりとお祝いムードが続いている。

私はさながらジョーにも勝る気持ちで「私たちの少女時代が終わっちゃう」と寂しくなったが、私たちにとってこれほど素敵な1年はきっとないだろう。
そんな中、今まで好きな人が見つからないと悩んでいたもう1人にも、人生で初めての彼氏ができた。

「今年のクリスマスは1人にしてごめんね」と彼女は私に言う。しかし、私たちにはルールがあった。恋人たちのクリスマスを迎えるときはもちろんお互いに応援すると。
私は自分の孤独なクリスマスの心配なんてどうでもよく、その報告が嬉しくてたまらなかった。

賑やかだった、少女時代のクリスマス。もう戻ることはできない

私たちは中学を卒業すると、交互に上京したり留学したりと住む場所も変わり、6人が全員そろうときはほとんどなかった。
それでも幼馴染のクリスマス会はいつも毎年どこかで行われていたが、2020年のクリスマスはとうとう私1人だけになった。

しんと静まり返った寒空の中、東京のイルミネーションはより一層綺麗に見えた。地元とは違い、街全体が輝きはじめ聖なる夜に向けての準備はばっちりだ。
私たちはいつの間にか大人になっていて、もう戻ることはできない。

小さな女の子6人がクリスマスプレゼントをドキドキしながら持ち寄って、両親たちが作ってくれた料理をお腹いっぱい食べる。いつも集まるのは私の家だったから、愛犬もうれしそうに仲間に加わっていた。

私は一人っ子のため、6人の女の子が騒ぎ立てるリビングルームを父は毎年眺めながら「女の子が6人もいたら大変だったな。ねぇ猫くん」と静かな場所に避難した愛猫をつつくのだ。母は「あなたもちゃんと食べて」と父にクリスマスディナーを取り分ける。

6人で過ごしたクリスマスは私にとって宝箱のフタを開けるようなものだ。これからの6人は、恋人たちのクリスマスや自分の家庭で過ごすクリスマスを増やしていく。少女時代が終わっても、クリスマスは毎年やって来るのだ。

初めて一人で過ごすクリスマスの朝も特別な一日の始まり。

「今年のクリスマスは初めて一人ぼっちだ」と白い息を吐きながら考えた。
大都会の東京ではなんだってできる。「カヌレが山ほど食べたい」と私はクリスマスの朝に向けて準備を始めた。

「大人になってしまったな」と寂しがり屋の少女に戻れない気持ちを反芻しながら、自分の時間を生きる私を誇らしく思った。軽やかな一歩を踏み出すごとに、星屑が散るような気分だった。私はなんて自由なのだろう。なんだってできるような気さえした。

初めて一人で迎えたクリスマスの朝は、寝る前に用意したクリスマスプレゼントが私のベッドに置いてあり、テーブルの上にはカヌレが山積みになっていた。過去の私からプレゼントだ。
カヌレの表面は朝日に照らされて美しく、一口かじっては香りを楽しんだ。温かい紅茶を飲みながら、カヌレをスケッチしていると玄関のベルが鳴った。そこにはサンタクロースの大きな電飾を持った顔なじみの隣人が立っていた。
「買っちゃった。玄関に飾っていい?」と。普段は財布の紐が固い隣人の愉快な買い物に、私はお腹が痛くなるほど笑った。
電飾のサンタクロースは唐突にやってきて、私のクリスマスを色鮮やかにした。

別れは出会いを連れてくる。孤独を感じている暇なんてないのだ。今年もまたクリスマスがやってくる。