いままで先輩と後輩(学生・新人)という立場を繰り返し、下の立場の時には不満に思っていたことも、上の立場になって気づくこともあり、気づいたときに先輩はもういないという何とももどかしい状況をたくさん経験してきた。
そして再び社会人(新人)になって、下の立場の弱さに気づくのだ。

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社会人として、という言葉を幾度となく聞いてきた。社会人だったらこうあって当たり前だという姿勢の押し付けも、やる気の強要にも、新人はYESマンとして生きていかなければならないのだ。そんな社会人としての姿勢をベースに、業界によってそれぞれ風潮というものはあるのだろう。

私は、今の業界に憧れを抱いて、その気持ち一心で努力してきたつもりだ。だが、その業界の姿を初めて知ったのは、学生の時の実習だった。
挨拶しても返ってこないのが当たり前で、手を止めて挨拶を聞いてくれるだけで、神様だと崇めてしまう世界だ。基本的に働いてる人に声をかけていい雰囲気はなく、わからないことを聞くなんてことはもってのほかだった。だが、報告するときには容赦なく攻め込んでくる。
「なんで?」「じゃあどうしたらいいの?」という言葉がひたすらに飛び交う。
こっちが聞きたいぐらいに頭の中はパニックになることばかりだ。

そして、こちらはお決まりの言葉を発するのだ。
「わからないので、勉強してきます」
基本的に「わかりません」は、許されない世界で、「どこまで勉強したけどここがわからないので教えてください」という聞き方をしなければならない。
いつだって、自ら「これがやりたい!」「これが見たい!」と積極的に行動しなければならない。
どこまでもやる気の姿勢が大事な世界だ。そんな毎日やる気が溢れかえってくるわけではないのに。やる気がなくても、出来ることはあるのに、と内心思ってしまう。

積極性のない私には、やりたいと思えることはなかったし、全てがやらなければならない義務として存在していた。周りの目を気にして、いかにやる気のある人として生きるかが重要だった。

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社会人になり入職しても、やはり業界での風潮は当たり前に存在している。積極的に経験する姿勢を見せ、自分の時間を削って勉強をする。
常に「なんで出来ないの?」と言われているような威圧感の中で指導を受けるのだ。
実際に言われなくとも、脳内では「そんなのもわからないで、やってたの?」「やる気ある?」「それって、資格なくても出来ることだよね?」と、先輩に言われそうな言葉が自動再生されてしまうぐらいだ。

さらに、自分たちの時代はもっと厳しかったからと、自慢してくる先輩が必ず1人はいる。そもそもそんなことを聞いた覚えはないし、だからといって人に厳しくしていい理由にはなっていない。
その厳しさを経験して辛いと感じたのなら、自分は優しくなろうと思えないものなのだろうか。愛のない言葉を投げて、誰が得をするというのだろうか。

私は、やる気の姿勢が全てのような世界で、期待には応えられないと感じた上に、出来ない自分へのギャップにも嫌気が差し、転職をした。

転職をするにも、経験しか見られずに幾度となく落ちた。早期退職者に行く場所はないのか、と社会の厳しさを思い知ることになった。

唯一、私を拾ってくれた職場も同じ業界なのだが、厳しい世界を生き抜いてきた先輩たちでも優しさを持っていた。1年もブランクがある私に、それでもまた働く選択をしたことを褒めてくれる先輩もいるし、基本的にわからないことは聞けば何でも教えてくれる。

ただ、「みんなそれなりに辛い経験をしてきて、ここにいるんだ」と入職早々に言ってきた先輩もいた。何の圧力なのだろうか。みんな辛い経験してるからあなたも辛い経験をしなさいとでも言っているようにしか思えなかった。
たしかに、私は辛いことから逃げた早期退職者である。しかし、経験が浅いとはいえ辛いことがなかったわけではない。そして、みんながみんなパワハラのような指導で同じ辛さを経験しなければならないのだろうかと言いたかった。
私は、そうは思わない。いくら自分が言われた厳しい言葉でも、人に同じことを言おうとは思わない。

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私は、前の職場で先輩や上司に辛いと相談したことがあった。しかし、「どこに行っても同じ」とか「ここは比較的優しいから、ここで辛かったら他は厳しいのじゃないか」と言われた。その言葉に納得してしまった私もいる。そんなにも希望のない世界なのだろうか、と悲しくもなった。

いくら優しい先輩でも私でさえも、言おうと思えばいくらでも厳しい言葉は湧いてきてしまう。やる気がないような行動をすれば、この業界の人が思い浮かべる言葉は皆同じのように思える。思考がこの業界の色に染まってしまっていることは否めない。だけど、自分がされて嫌だったことを後輩に経験させるかどうかは、自分次第なのだ。

先輩からの嬉しかった言葉や行動だけは、いつまでも忘れたくなくて日記に書いたりしたこともあった。自分がもらった優しさをいつか自分の後輩にもあげたい。
そして、いつかこの業界の嫌な風潮が変わっていくことを夢見ている。そんなものは無理だと思うぐらい、世の中は限りない闇で溢れてるけれど、一部でも自分に関わる世界だけでも、優しい世界が広がってほしい。ただその一心で、今日もまた新人として生きていく。