私は前の彼氏と、結婚という人生最大の決断を目前にして、別れた。
ふったのでも、ふられたのでもなく「私が彼にふらせた」という表現が正しい。
彼は大学の先輩だった。
複数人で遊ぶ学生が多い中、彼は1対1で遊ぶのが好きで、よくいろんな女子と2人で出かけている、と噂で聞いていた。
彼氏いない歴=年齢の私には、付き合ってもいない異性と2人きりで遊ぶという行動が理解できなかった。
しかし、私はなぜかその相手に選ばれてしまったのである。
理解できないとはいえ、先輩の誘いを断るまでの用事もなく、暇を持て余すよりは……という後ろ向きな理由で、彼と出かけた。
遊ぶといっても、行き帰りや食事中、彼が繰り出す色々な話を聞くばかり。
退屈に聞こえるが、私はいつも他人の顔色を窺って、何を話そうか悩むことが多かったので、相手の話を聞くだけで済むのは楽だった。
後に彼は、どんな話でも聞いてくれる私は優しく、居心地がよかった、と教えてくれた。
◎ ◎
それぞれに好きな人ができ、失恋した。人間関係のいざこざも経験した。
彼とは、日々抱える様々な悩みを定期的に吐き出し合う関係になった。
数か月に1度くらいだった誘いの頻度が、急に増えた。
いつの間にか毎日LINEをするようになった。
軽いスキンシップをとるようになった。
絶対的な好意を感じる時間は楽しかった。
そのうち、彼から告白され、付き合い始めた。
私たちは、恋愛がうまくいっていると他のこともうまくいった。逆に言えば、勉強や仕事がうまくいかないときには精神的に苦しくなり、恋愛面もうまくいかなくなった。
別れの危機は、いつもどちらかがとても忙しく辛い時に訪れた。
時間を置いて、忙しさが一段落すると、また楽しく過ごせるようになった。
辛い時に寄り添って支え合うことができない関係なんて、いつかうまくいかなくなる。
今の私ならすぐ気づくのに、当事者たちは大丈夫だと信じていた。
◎ ◎
付き合って3年が過ぎた頃、彼が仕事で県外に行くことになり、ついてきてほしいと言われた。
結婚を前提に、という意味だと理解した。二つ返事で了承した。
私が職場に伝え、退職するまでの数か月間遠距離恋愛をした後、寿退社をして、彼のもとに飛んでいく準備を進めた。
お互いの両親にも会い、顔合わせの場を設ける準備をした。
地元の友人と会えなくなる前に、食事や旅行に行き、思い出を作った。
そんな慌ただしい最中、彼の住む家に数日遊びに行った。
共同生活が近づき浮かれる私とは対照的に、彼は慣れない仕事で疲れ切っていた。
一緒に外出しても、なんだか噛み合わない。
違和感を覚えつつ、地元に帰った後、彼からの連絡が途絶えた。
連絡も取れないくらい忙しいのかな。
一言でいいから返信してくれればいいのに。
ふと、私たちの関係に不安がよぎった。
そう。私たちは、どちらかがとても忙しく辛い時に、別れの危機に瀕してきた。
まさか、そんな訳ないよね、と不安を押し殺す。
◎ ◎
2週間後、彼から電話が来た。
「ごめん。結婚が考えられなくなった」と。
理由を尋ねても、それ以上のことは言わず、謝罪の言葉しか口にしない彼。
なんで、今更。
ついてきてほしいって言ったじゃん。
だから仕事辞めたんだよ。
友達や先輩後輩も祝福してくれてるんだよ。
お互いの両親にも挨拶したじゃん。
別れなくていいから、少し時間を置こうよ。
前みたいに、気持ちが変わるかもしれないよ。
今別れたら、あなた、絶対後悔するよ。
必死に引き留める私の言葉は、気づけば、ブーメランのように私の心に突き刺さっていた。
私、仕事辞めちゃったよ。
両親にも友達にも結婚するって言っちゃったよ。
もう引き返せないよ。
別れたくないから、少し時間を置こうよ。
前みたいに、気持ちが変わってほしい。
今別れたら、私、この先どうしたらいいの?
私は、彼との結婚にひどく依存していたのだ。
なんて最低な女になっていたんだろう。
その後何度か電話で話すものの、意見は平行線をたどった。
それどころか、話す約束をしたにも関わらず連絡がとれず、後になって実は仕事だったと知った日もあった。
彼に対する不信感が芽生えた。本当にもうだめかもしれない、と思い始めた。
直接話せば何か変わるかもしれない、とわずかな希望を抱き、彼のもとに行って直接話した。
しかし、結局何も変わらなかった。
あ、もうだめだ。張っていた糸がぷつりと切れた。
◎ ◎
「『別れよう』って言ってほしいの?」
と、私は真顔で言った。
彼は驚いた表情をしていた。
言った私も内心驚いた。でも、もう引き返せない。
少し間をおいて「別れよう」と彼が言った。
こうして、「私が彼にふらせた」ことにより、私たちの関係は終わった。
なぜあんな言葉が口から出たのか。
彼に最後だけでも責任を持って欲しかった、という理由は、私がこの一部始終を話すときに使う、表向きのもの。
本当は、彼との結婚に依存する最低な私を、彼から切り捨ててほしかったのだ。
別れた経緯を話した相手は、皆そろって私に同情し、優しい言葉をかけてくれた。
その度に、最低な自分がいたという事実が私を苦しめた。
前回のエッセイ(「結婚に進まない彼の隣で眺める、『家族』ができた友人のアイコン 」)に書いたように、私は再び結婚を前にもやもやしている。
あの頃とは相手も違うし、状況も違う。大丈夫と信じながら、再び最低な女になるなよ、と自分を諭す日々である。