ある日、ふと耳に入った嵐の「ワイルドアットハート」の一節……。これまで特にJ―POPを意識して聴くことのなかった私は、たまたま耳にした歌詞にその後の人生を大きく左右されることとなった。
そうか、人生は一度きりなのか。
とりわけ最初の一文には、はっとさせられた気分になった。

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それまでの私は、どちらかというとマイペースな方だった。
特に何かに本気で打ち込んだ経験はなく、告白とかずる休みとかそういったリスクを取る類いのものは全て避け、家でゆっくりと読書をしたり文章を書いたりして過ごすタイプであった。
ハラハラとした経験がない分感動も少なく、告白して無事青春を謳歌した女子高生や、夏のTVで輝く甲子園球児はまるで違う世界に住む異人というような感覚であった。
これといった特技もなく、大学入学は決まっていたけど何の取り柄もない、最底辺を生きる人間だと思っていた。ジャニーズファンの妹の影響で歌番組でJ―POPを耳にする機会はあったけど、夢追いを推進する歌詞の多さには現実との違いに呆れてしまうところがあった。
そんな時、ドラマの主題歌だった嵐の「ワイルドアットハート」は、特に夢追いを意識させることなく冷め切った私の人生にさじを投げてくれた。
人生は一度きりなのに、挑戦しない、感動を得ることのないつまらない人生でいいのだろうか。
嵐のメンバーは緊張が高まる中で私たちのために、いや私のために皆の前で一生懸命に歌うことで、人生は一度きりであるという事実を伝えてくれた。今まで大衆文化に関心のなかった私が大衆文化によって人生を見直すこととなった、そんな一時であった。

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ちょうど嵐がこの曲を発表した2012年、私は大学へ入学した。
人間科学に関心のあった私は自身の可能性を試すべく、将来の人生設計に繋がりそうな課外活動に積極的に参加していった。年に2度、教育フォーラムを開くために勉強会を開いたり、被災地の子どもを東京に招待して学習支援ボランティアをしたり、地域振興型の政策立案コンテストに応募して入賞したり、創作文芸をしたり……。将来を見据えることに繋がる活動に取り組むことで、人生設計を考えるきっかけ作りに必死となった。
こうした取り組みに参加する周囲の学生は優秀で気後れすることもあったが、自分なりに興味のある分野を見つけ出すことに成功し、これまで最大の課題であった人間不信も克服することができた。
これまで他者から無償の愛を受ける(そう感じる)経験の少なかった私は、他人の不幸すら喜んでしまうところもあったが、本気で社会貢献活動を行う人を目の当たりにし、自然と意識が変わっていった。

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今の私には夢がある。それは、行政職員の立場からの教科外教育を展開し、生涯教育に繋げること、そして、いじめサバイバーとしての経験を綴り、情報発信することで今を苦しむ子どもたちのために勇気と希望を与えることである。
平日に公務に励む傍ら休日に執筆活動を続け、時にはオンラインでいじめ被害者遺族の声を聴いたり自分の意見を述べるなどして問題解決に向けて動く日々である。そして、これを一時のものとしないために、本の出版と講演会の実施を目指している。
ゆくゆくはこの分野の第一人者として認識されるくらいに成長していきたい。

あの時嵐が「一度きりの人生」と歌ってくれることがなかったら、私はその事実に気づくことなく、今でもゆっくりとマイペースに生きていたのではないかと思う。もちろんそれが悪いことではないが、人の役に立とうと奮闘していたかは分からない。
この言葉は私の人生を変えてくれた宝物だ。