自分の好きな事に自信を持つというのは、意外と難しいなと思う。
いくら自分が好きでも、周りもそうとは限らないから。
私は小さい頃から音楽が好きだった。

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小学生の頃からピアノを習って、発表会やコンクールに何度も出演した。
賞もいくつかとったし、学校なんかでもピアノ上手な女の子、でとおっていた。
私自身も自分の特技として、少なからず自慢に思っていた。
結局、ピアノは高校を卒業するまで続け、その後海外の大学に進学するのを機にやめることにした。
ピアノを習っている人は友達にもたくさんいたし、いつかテレビで見た街中アンケートでは、子供に習わせたい習い事の上位に入っていたように思う。将来職業とするかはともかく、意外とみんな親しみのある趣味だと思う。

そんななか、中学生のときにある歌手がテレビに出ていた。外国のアーティストで、ギターを持って自分のかいた曲を歌っていた。
友達の趣味にあわせるばかりで、さほど好きでもないジャンルの音楽を聴いてばかりいたその頃の私は、衝撃をうけた。
マイクに向かって歌う姿が輝いてみえた。
その頃から、ギターを買ってもらって、見よう見まねで作曲を始めた。
洋楽をたくさん聴いて、弾き語りできるように、自分の部屋や車の中で歌いまくった。
周りに共感してくれそうな子はいなかったし、友達に話すのは何だか気恥ずかしくて黙っていた。
そんな時、ピアノ教室の発表会で、歌を歌ったらどうかと提案されて、ピアノ演奏とは別に、弾き語りすることになった。

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緊張と興奮。ステージに向けられるまぶしい照明。初めてマイクを通して聞こえる自分の声が何だか別人みたいに思えた。
それからは毎年、ギターを持って歌を歌った。
歌詞は英語だし、皆知らない曲だろうけど、私は楽しいからOKだ、と思っていた。
ある年、その年は発表会の規模が小さくなっていたこともあって、友達のピアノにギターのみであわせて合奏する事になった。
けれど発表会が終わって、皆で雑談していたら、ある女の人が近寄ってきた。
「今年は歌は歌わないんですか?」
今年は合奏になったんです、と私は言った。
私の歌を覚えていてくれたなんて、と内心とても驚いた。
「残念、いつも歌を聞くの楽しみにしてるんです。素敵な歌をうたうなぁと思って」

「いつも楽しみにしてるんです」
これほど平凡で、これほど私の背中を押してくれるフレーズは、今まで生きてきてこれ以外ないのではないかと思う。
誰も聴いてなくても、自分が楽しければ良いと思っていたのに、それを楽しみにして、わざわざ声をかけてくれたなんて信じられない気持ちだった。

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それから5年以上たつ今、私はまだ作曲もギターも続けている。
病気をして車椅子生活のなか、音楽はいつも支えとなってくれる。
自分の好きな事を認めてもらえたあの瞬間は、かけがえのない思い出だ。
たんに音楽としてではなく、一人の人間として誰かの心に残る存在になれたことが、嬉しいのだ。
自分の価値を見いだせなくなったとき、「いつも楽しみにしてるんです」と言ってもらったあの瞬間を頭のなかでリプレイすると、よしもうちょっと頑張ろうかなっていう気持ちになる。
心が一段階、明るくなる気がする。
私の何気ない言葉も、意外と誰かの背中を押しているのかもしれない、と思った。