「でも、駄目でしょう?」
私をベッドに連れ込もうとした、その手を拒んだ。四つ上の先輩と出張先のホテルで、私はそれとなく身体を触られた後、ベッドに誘導された。
会社でもとても優秀で、後輩の私にも優しく、憧れだった先輩。けれど、その人には同じオフィスに付き合っている女性がいた。
一瞬、一回くらい流されても良いかもしれないという考えが脳裏をよぎった。しかし、私は流された先にある地獄を知っていた。だから断った。

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私は18歳の時、2番目の女だった。
同じゼミで仲良くなった彼に、求められるがままに身体を許した。一度そんな関係になると後はあっという間で、私はどんどん彼を好きになる一方、彼は私に身体を求めるだけだった。
その後、彼に彼女ができたことを知ってからも、関係を断ち切ることができなかった。その彼女が私の先輩だったことを知っても尚、やめられなかった。なんなら彼女と私以外にもっと多くの女性と関係があることを知ってもやめられず、今思うと異常だが自分だけは彼にとって特別なのだと信じていた。

行為の最中の「かわいい」「好きだよ」そんな言葉を信じ、ほんの少しのデートの思い出を大切にして彼の家に通っているくせに、日に日に増える彼女の痕跡を見つけて心を痛めては、「私は割り切ってる」「相手が求めているだけで、私は本当はどうでも良い」なんて無茶苦茶な理論でなんとかプライドを保っていた。

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苦しくて痛い関係だった。自分だって彼女を傷つけておきながら、こんなことを言う資格がないのは分かっている。それでも苦しいものは苦しかった。
彼女のSNSが更新される度に惨めな気持ちになり、彼女と私の何が違うんだろうと、夜な夜な泣き崩れた。そして悪いことをしているのは自分のはずなのに、彼女に対する罪悪感はいずれ麻痺し、劣等感に押しつぶされた。
まともな精神状態ではなかったと思う。それでも好きで、好きで、きっといつしか恋じゃなく執着と化していたけど、やめられなくて。ただ、そんな関係は2年続きようやく終わりを迎えた。

何か特別なきっかけがあった訳ではない。きっとセックスも喧嘩も全部し尽くして、心身共に疲れ果てたのだ。
愛情を全部搾り取られてしまった、そんな感覚。隣で眠る彼の顔を見て、ふと思った。
「私、どうしてこの人と一緒にいるんだろう」
魔法が解けたか呪いが解けたか知らないが、私はこの関係に自ら終止符を打った。
私は20歳になっていた。

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話を現在に戻そう。
私が誘いを断った先輩は、結局、同じオフィスの他の女性にも手を出し泥沼化していた。
彼との関係を話すその女性の姿は、完全に当時の私のそれだった。
「もう私は割り切ってるから大丈夫」
「行為の時に、ダメだけど好きだよって言われるの」
「こんなに長く関係が続く人はいないって言われてるの」
その人に既に2年近く時間とお金を注いでは、彼女との結婚の話が持ち上がる度に涙を流す。他にも手を出した女性がいたことを知っても尚、自分だけは特別だと信じている。だから関係はやめられない。好きなのだ。

同じ経験をした私だから、分かることが一つだけある。
完全に割り切った関係なんて、ある訳がない。好きだから、いつかは自分が1番になれる日が来るかもしれないと心のどこかで期待してしまうから、女は関係を続けてしまうのだ。

今もし自分が2番目として悩んでいる人がいたら、今すぐそんな男やめろなんて言わないから聞いてほしい。
別に自分が満足するなら、ボロボロになるまでとことん愛したって良いのだ。それでも、あなたを2番目にしている人は、あなたのことを大切に想っていない。口ではどんなに優しい言葉を言っていたって、あなたに劣等感を押し付け、自分だけ美味しいところを持っていく人が優しい訳がない。
あなたにはあなただけの価値があり、それは彼女や他の女性と比べるものではない。あなたはとても綺麗で、強くあるべきだ。
鏡を見てほしい。この魔法を解けるのは、きっとあなた自身なのだ。